(第1回)なぜ「家事と少年」なのか

ただいま調査中! 家庭裁判所事件案内(高島聡子)| 2023.10.03
2024年度前期朝ドラ『虎に翼』のモデルとなった三淵嘉子が、その設立に関わることになる家庭裁判所。戦後まもなく産声を上げた、社会的弱者のための裁判所では、令和の今、どんなことが起きているのでしょうか? そして「家庭裁判所調査官」とは、どんなお仕事?
普段は手続非公開のベールに隠れている“中の人”が、リアルな現場の点景をお伝えします。
(事件はすべて、家裁に係属する事件の特徴を踏まえて創作した架空のものです)

(毎月上旬更新予定)

はじめましてのご挨拶

私は家庭裁判所調査官(以下、「家裁調査官」という)。裁判所に勤務する国家公務員である。

あなたが、裁判所と聞いて思い描くのは、どんなイメージだろう。黒い法服の裁判官が壇上に並ぶ法廷スケッチか、あるいは弁護士が「勝訴」と書いた紙を広げながら建物から走り出してくるニュース映像だろうか。どちらにしても、平凡な日常生活を送る市民にはあまり縁のない場所、というのが共通する印象かもしれない。ところが、私が働く家庭裁判所(以下、「家裁」という)は、離婚、遺産分割、子どもの非行といった、誰の人生にも起こりうる身近な問題を扱う裁判所である。

私は採用以来現場一筋で目の前の事件と向き合ってきただけの一介の公務員だが、今回、家裁調査官の仕事について一年間お話しする貴重な発信の機会をいただいた。このコラムでは、家裁に係属するさまざまな事件を切り口に、私たち現場の家裁調査官の様子をお伝えしようと思う。事件の諸相は、時代につれて変わるところも、変わらないところもあるが、令和のリアルな家裁の雰囲気を感じていただければ幸いである。ただし、最初に強調してお断りしておくが、家裁では原則として手続が非公開であり(人事訴訟を除く)、家裁調査官には厳重な守秘義務もあるので、取り上げる事件はすべて、家裁に係属する事件の特徴を踏まえて構成した架空のものである。

私たちのいるところと、私たちのいる意味と

事件の話に入る前に、今回はお話の舞台である家裁と、私たち家裁調査官について少しだけ紹介しておきたい。日本には5種類の裁判所がある(最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所、簡易裁判所、家庭裁判所)。地裁と簡裁では民事事件と刑事事件、家裁では家事事件と少年事件を扱う。民事事件は金銭の貸し借りなどの財産や権利関係にまつわる問題を扱い、刑事事件は成人の起こした犯罪に対する刑罰を決める手続である。これに対して、家事事件は主に家庭内で起きた紛争や権利関係に関する問題を扱い、少年事件は20歳未満の少年が起こした犯罪について処分を決める手続である。

……とここで一つ、読者の皆さんに考えてほしい、素朴なクエスチョンがある。民事と家事は私人間の権利関係、刑事と少年は犯罪と、それぞれ扱うテーマが共通しているのに、なぜ、民事と家事、刑事と少年という組み合わせではなく、「家事と少年」がセットなのだろう?

それにはちゃんと理由がある。家事事件で扱うのは、離婚、面会交流、遺産分割など、どれも夫婦や親子という家族関係にある人の間で起こる問題だから、理屈や法律だけで結論を出されても簡単に割り切れるものではなく、その解決には、紛争の背景にある人間関係にまつわるさまざまな感情の理解が不可欠だ。特に、未成年の子どもに関わる問題については、子どもの置かれた環境や子ども自身の心情が最も重要になってくる。子どもの生活環境を知るには「百聞は一見に如かず」、実際に見に行くのが一番だ。また、子どもの心情といっても、子ども自身が自分の意思を言葉で表現できる年齢に達していない場合もあるし、仮に何かを言えたとしても、その言葉の背景や環境を合わせて考えなければ、子どもにとって本当に望ましい結論は見えてこない。

少年事件でも、単純に「この罪名ならこんな処分」とは決められない。どのような処分を与えたとしても、少年はいずれ社会に帰ってくる。その日のために再非行を防ぐ手立てを考えなければならないが、その前提としてこの少年がなぜこのような非行を犯したのかを正しく理解する必要がある。少年はだいたい自分がなぜ事件を起こしたのか、理路整然と説明できたりはしない(そもそも、思春期の子ども自体が理屈では説明できない存在だ)。その行動を正しく理解するためには、少年一人ひとりの成熟度や発達特性、それぞれの思考回路の傾向や特徴、家庭や友人関係など少年を取り巻く環境といった、少年が非行に至った要因を十分に踏まえる必要がある。こうして見てくると、家事事件、少年事件ともに、その解決のためには人間の心理や、紛争や非行の背景にある事実を丹念に調べることが大事、という点が共通していることがわかる。それを調べるのが、私たち家裁調査官の行う「調査」だ。

少年法には「調査は(中略)医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的智識特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用して、これを行うように努めなければならない(第9条)」という規定があり、家事事件手続規則にも、事実の調査に関する同様の条文がある(第44条)。一方、民法や刑法にはこのような規定はない。つまり、日本の裁判所は、家裁の事件に関してだけは、「法律だけでは結論を出しませんよ、“法律以外のもの”も大事にしますよ」と、堂々と法で謳っているわけである。だから「家事と少年」がセットになっているのであって、その「法律以外のものを大事にするマインド」を具現化した存在が、家裁調査官、ということになる。

家裁調査官は、心理学を中心とした人間関係諸科学を学び、行動の背景にある人間の心理を探ったり、その年齢や特性に応じて少年や子どもから話を聞いたり、問題の解決に向けて働きかけるなど、「こころ」の問題を扱うための養成を受けた専門家集団だ。ちなみに外国では、こういった心理の問題を外部の専門家にアウトソーシング(外注)する制度になっている国も多く、心理系の専門家を自前で養成するというのは、日本の裁判所の懐の深いところでもあると、私は思う。

家族の紛争や、少年の非行という、人生の重大な局面にいる人たちに、心を切り口に向き合うというのは、責任も重いけれど奥の深い、いい仕事だ。

いつもの机から

……などと思っていると、机の上の電話が鳴った。調停室からの内線電話だ。ちょっと困ったような裁判官の声が耳に飛び込んでくる。

「調査官? 今日が初回の離婚調停にね、当事者が小学生の子どもを連れてきちゃったんだよね。まだ同居中の夫婦で、離婚については一応合意してるんだけど、両方が子どもは自分と暮らしたいと言ってる、本当はどうなのかここで子どもの意見を聞いてくれって。調停委員から、いきなり連れてきても子どもの話を聞いたりしません、子どもに決めさせることじゃないでしょうって言ってるんだけど、家裁には調査官という専門家がいるんだろうって引かないらしくて。調査官からも、一度当事者に説明してくれませんかね?」

毎日、家裁では多数の家事調停が開かれるが、すべての調停に家裁調査官が出席しているわけではない。子どもの問題で対立し、調査が必要と見込まれる事件には担当調査官が出席しているが、現に家裁調査官が関与していない事件についても、このような飛び込みの相談を受けるために多くの庁で「調停当番」などと呼ばれる当番が決められている。今日は私がその当番だ。

とりあえず足早に調停室に向かう。さて、当事者にどう言おう。どちらの親にも一緒に暮らしたいと言っているということは、双方が「パパとママ、どっちと暮らしたい?」などと聞いているのだろうか。今も同居中ということは、子どもの言葉を盾に、子どもを連れて別居するためのお墨付きが欲しいといったところか。小学生ということだが、学校は休ませたのだろうか。通りがかりの待合室に見えた小さな後ろ姿は、その子どもだろうか。

裁判官と調停委員から簡単な状況を聞いて、当事者に調停室に入室してもらう。

「途中から失礼します。私は家裁調査官です。ちょっと、お話を聞かせてもらえますか?」


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高島聡子(たかしま・さとこ)
神戸家庭裁判所姫路支部総括主任家庭裁判所調査官。
1969年生まれ。大阪大学法学部法学科卒業。名古屋家裁、福岡家裁小倉支部、大阪家裁、東京家裁、神戸家裁伊丹支部、京都家裁、広島家裁などの勤務を経て2023年から現職。現在は少年、家事事件双方を兼務で担当。
訳書に『だいじょうぶ! 親の離婚』(共訳、日本評論社、2015年)がある。