(第16回)債務関係は法の鎖である

法格言の散歩道(吉原達也)| 2023.01.13
「わしの見るところでは、諺に本当でないものはないようだな。サンチョ。というのもいずれもあらゆる学問の母ともいうべき、経験から出た格言だからである」(セルバンテス『ドン・キホーテ』前篇第21章、会田由訳)。
機知とアイロニーに富んだ騎士と従者の対話は、諺、格言、警句の類に満ちあふれています。短い言葉のなかに人びとが育んできた深遠な真理が宿っているのではないでしょうか。法律の世界でも、ローマ法以来、多くの諺や格言が生まれ、それぞれの時代、社会で語り継がれてきました。いまに生きる法格言を、じっくり紐解いてみませんか。

(毎月上旬更新予定)

Obligatio est iuris vinculum.

(Institutiones Justiniani, 3, 13 pr.)

オブリガーティオー・エスト・ユーリス・ウィンクルム

(ユスティニアヌス『法学提要』3,13序項)

ユスティニアヌスよる「債務関係」の定義

標題の法文は、ユスティニアヌス『法学提要』第3巻第13法文序項に記された「債務関係」(obligatio)の定義に関する一節である。

ユスティニアヌス『法学提要』3,13 序項.

Obligatio est iuris vinculum, quo necessitate adstringimur alicuius solvendae rei, secundum nostrae civitatis iura.

債務関係は法の鎖である。これによりわれわれはわれわれの国の法律に従って何らかのものを履行する必要に拘束される。

(筆者試訳)

まずこの法文で用いられる個々の語の意味を少しみておきたい。「法の鎖」の「鎖」(vinculum)は、「縛る」という意味の動詞vincireと関連し、縛るためのもの、したがって、鎖をはじめ、足枷、ロープなどさまざまな拘束具を意味する。vinculum という語を見ると、ローマのサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会(San Pietro in Vincoli)を思い出す。聖ペテロが聖地エルサレムで牢に繋がれたときの鎖を祀るために5世紀に建てられたとされる教会で、ミケランジェロによるモーセ像でも知られる。

「われわれは……拘束される」(adstringimur)の不定形はadstringereで、「きつく縛る」、「縛って拘束する」を意味する。こうした意味は、vinculum や adstringimur に限られるわけではなく、obligatio 自体にも含まれている。英語のligament(帯)やligature(包帯・ひも)といった語とも関連し、これらの語はラテン語のligareに由来するとされ、またフランス語の lier(縛る、リエゾン liaison もその派生語である)や英語のliable(法的に責任がある)も同様である。ligare も、他の動詞と同じように「結ぶ」「固定する」「拘束する」を意味する。

「何らかのものを履行する必要に」(necessitate……alicuius solvendae rei)は、「必要」(necessitas)の奪格形に、「履行する」と訳した solvereが名詞「もの」(res)を目的語として動名詞的にかかるというかたちになっている。ここで目的語resが属格形になっているので、文法法には動形容詞が代用されている。solvere は、ラテン語辞書を引くと、「緩める」「解く」「解放する」に始まり、「鎖を解く」から「債務を履行する」(obligationem solvere)まではばひろく用いられ、ちょうど「拘束する」(adstringere)とは一対をなしている。末尾の「われわれの国の法律に従って」(secundum nostrae civitatis iura)という言葉に示されるように、国家の法律で認められた債務関係だけが考慮されることになる。

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録(無料)はお済みですか? 会員について

吉原達也(よしはら・たつや)
1951年生まれ。広島大学名誉教授。専門は法制史・ローマ法。