気候変動の超長期割引率を住宅価格から推定する

海外論文サーベイ(経済セミナー)| 2022.09.28
 雑誌『経済セミナー』の "海外論文Survey" からの転載です.

(奇数月下旬更新予定)

Giglio, S., Maggiori, M., Rao, K., Stroebel, J. and Weber, A.(2021) “Climate Change and Long-Run Discount Rates: Evidence from Real Estate,” Review of Financial Studies, 34 (8): 3527-3571.

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小栗洵子

はじめに

近年、異常気象、水害、温暖化現象など、気候変動リスクに対する関心が高まっている。たとえば、2020 年 10 月に日本政府が 2050 年までの「脱炭素 (カーボンニュートラル)」1)実現を目指すと表明したこと、2021 年 4 月に気候サミットが開催されたことは記憶に新しい。日本のみならず、気候変動リスクを軽減するための政策は世界各国で取り組まれている。しかし、遠い将来に生じると考えられる海面上昇などの気候変動リスクには多くの不確実性があり、適切な政策を設計するにはさまざまな困難がつきまとう。特に、政府は気候変動以外にも解決すべき社会問題に直面しているため、将来の気候変動リスク軽減のために現在発生する政策コストと、将来の便益を比較したうえで政策を決定する必要がある。では、遠い将来の気候変動による被害の現在価値を決める社会的割引率は、一体どの程度であるべきだろうか。

驚くべきことに、気候変動リスク軽減のための現在のコストと、潜在的に不確実な遠い将来の便益のトレードオフを定義する割引率については、経済学者や環境当局の間ですら共通見解がないのが現状である。Stroebel and Wurgler (2021) による金融経済学者、金融専門家、中央銀行などの公的機関の経済学者や政策担当者を対象としたサーベイ結果によると、気候変動リスク軽減投資に関する割引率は $4\sim 9\%$ 程度とばらつきが見られる (表1)。では、この数 $\%$ の差は何を意味しているのだろうか。

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脚注   [ + ]

1. 温室効果ガスの排出の実質ゼロを目指すこと。