法曹養成制度改革の光と影(和田仁孝)(特集:司法制度の未来のために)

特集から(法学セミナー)| 2022.08.18
毎月、月刊「法学セミナー」より、特集の一部をご紹介します。

(毎月中旬更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」812号(2022年9月号)に掲載されているものです。◆

特集:司法制度の未来のために

2000年の司法制度改革当時、理念と実務の葛藤の中で奔走した実務家達が当時を振り返りながら、今後の司法のゆくえを検討します。

――編集部

法科大学院(ロー・スクール)制度の創設は、間違いなく、今次司法制度改革の目玉ともいうべき重要性を有していた。しかし、結論から言えば、それは、創設時点で、すでに大きな機能萎縮への種を胚胎していたと言わざるを得ない。ここでは、法科大学院制度とその背景をめぐって検証していくことにしたい。

1 法科大学院制度生成への過程

司法制度改革の様々な課題を実現するためには、それを支える人的資源としての法曹が十分に存在していなければならない。法曹養成が適切に拡充されなければ、改革の諸目的は画餅に帰することになり、その意味で法科大学院制度は、司法制度改革全体の要の位置を占めていたといえる。

しかし、法科大学院制度確立ないし法曹養成制度改革は、法曹界の内発的動機によって生まれたとは必ずしも言えない。それは、口火を切った経済同友会など、経済界からの強い要請という外的要因が契機となったと思われる。経済のグローバル化に伴い、日本企業は海外でのビジネス交渉や訴訟に対応する必要が激増していく。とりわけ、訴訟が頻発し、130万人の弁護士を擁するアメリカでの経済活動は、訴訟リスクが高く、また日常的な契約交渉にあってもタフな弁護士との交渉を余儀なくされた。こうした状況の中で、量的な面でも、質的な面でも、日本の弁護士の資質を問う問題意識が生じてきたのである。

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日本の弁護士が、訴訟代理人をその主たる業務とし、そうした法曹イメージを構成していたのに対し、アメリカでは、弁護士にとって、訴訟は業務のワンオブゼムに過ぎず、むしろ契約交渉などの訴訟外業務が、エリート弁護士の職域として認知されてきた。しかも、ロー・スクールは大学院レベルに設置され、学部レベルで法学部は存在しないため、アメリカの弁護士のほとんどが、学部時代に異なる専攻分野の基礎的な知識を身に着けていたり、社会的な実務経験を有していることが多かった。こうして、日本においても、狭い法廷弁護士イメージを脱し、質的にも幅広い能力を持った弁護士の必要性が、経済界を中心に提起されることとなったのである。

これに対して、わが国の法曹界には鋭い意見対立が見られた。すでに弁護士へのニーズは飽和状態に達しており、これ以上の弁護士増員は不要とする増員反対派と、弁護士の質的改革、量的増員が、日本社会における法の浸透に必要であるとする増員推進派との対立である。法学教育の現場でも、従来の法学教育で良しとする立場と、アメリカ型のロー・スクール教育の受容を推進すべきと教える立場の対立が存在した。

実際には、子細に見ると、①アメリカのロー・スクールで教育を受けた者を中心に法科大学院の設立と法曹増員を積極的に支持し改革を推進した立場、②積極的支持ではないものの「社会的ニーズに応答するために法曹増員が必要」という大義名分のもとでこれを受容する立場、③日本の状況では現状を変更する必要はないという反対の立場、があった。
こうした議論を経て、法科大学院制度は設立されるに至ったが、実は、アメリカ型の法科大学院の形はできたものの、法曹や大学教員の多くは、やむを得ず対応したのであって、急激な状況変化の渦中で、実際には、多くの抵抗がみられたといえる。熱心に法科大学院制度を推進しようとした法曹や法学教員を除いて、実は、多くの法曹は,本音では、消極的であったといえるのではないかと思われる。

こうして成立した法科大学院制度は、様々な点で妥協の産物であり、その中途半端な構成の結果、理想的設立理念を評価基準とする限り、失敗と呼べる状況に立ち至ることは、明確に予見できたといえるだろう。次に、この法科大学院制度が胚胎した失敗への要因を見ていくことにしよう。

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