(第8回)「一所懸命」の功罪

日本のリーダーはなぜ決められないのか――経営に活かす精神分析(堀有伸)| 2022.08.22
経営における意思決定に、深層心理はどのような影響を与えているでしょうか。この連載では、日本の文化や慣習が組織のリーダーの「決断」にどのような影響を与えているかを、MBAで学んだ精神科医が、精神分析理論等を参照しながら明らかにしていきます。

(毎月下旬更新予定)

「一所懸命」に頑張る武士たち

2022年のNHK大河ドラマでは、源平合戦から鎌倉幕府成立初期までを描いた「鎌倉殿の13人」(三谷幸喜・脚本)が好評を博している。このドラマを見ていると、武士たちの関心の中心が、自分たちの所領を維持し、できるならば拡大していくことにあることがわかる。

源頼朝のような棟梁に対して、武士たちが何よりも優先して求めるのは、自分の領地への支配権を正当だと保証してもらうことである。他の武士との間で領地をめぐる争いが生じた際、棟梁が自分に有利な裁定を下せば忠誠心は高まり、逆の場合には不信感を強めることになる。そしてその棟梁に付き従うとき、つまり戦に参加するときに、武士たちが最も期待していたのは、戦に勝って敵の所領を奪い、その一部が自分の領地として与えられることである。領地に対する武士たちの関心は極めて高い。その領地を維持し拡大していくためにはあらゆる手段を尽くす。そのような心性を「一所懸命」と呼び、これが武士たちの行動原理を規定したものだった。近代以降、この用語が転じて「一生懸命」となる。日本人は一生懸命な人間が大好きで、斜に構えて冷静なそぶりを見せる人物を嫌う傾向がある。

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堀 有伸(ほり・ありのぶ)

精神科医。1997年に東京大学医学部卒業後、都内および近郊の病院に勤務しながら現象学的な精神病理学や精神分析学について学んだ。2011年の東日本大震災と原発事故を機に福島県南相馬市に移住し、震災で一時閉鎖された精神科病院の再開に協力した。2016年、同市内に「ほりメンタルクリニック」を開業。開業医となった後にグロービス経営大学院で学ぶ。著書に『日本的ナルシシズムの罪』(新潮新書)、『荒野の精神医学』(遠見書房)。