家計の消費バスケットにおける企業の異質性

海外論文サーベイ(経済セミナー)| 2022.07.28
 雑誌『経済セミナー』の "海外論文Survey" からの転載です.

(奇数月下旬更新予定)

Faber, B. and Fally, T.(2022) “Firm Heterogeneity in Consumption Baskets: Evidence from Home and Store Scanner Data”, Review of Economic Studies, 89(3): 1420-1459.

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菊池信之介

はじめに

世界中で所得格差の拡大が叫ばれるが、その原因としてよく挙げられるのは、企業の異質性 (生産性格差) である。生産性が高い企業では労働者は各々のスキルを最大限発揮できるし1)、優秀な同僚から学ぶことで自身の生産性 (ならびに賃金) が上がっていくこともある (Jarosch, Oberfield and Rossi-Hansberg 2021)。企業の異質性が所得格差に影響を与える原因として、これらの議論はかなり直感的かつ説得的であるが、議論の対象は、基本的には「名目」賃金、すなわち額面でいくら給与をもらったかに集中している。

本稿で紹介する論文は、企業の異質性が、各消費者の直面する価格指数 (すなわちそこから「実質」賃金が計算できる) の格差にどのような影響をもたらすかを分析している。名目賃金格差への影響を分析するだけでは、消費者厚生を議論するには不十分であることは明らかだろう。仮に名目賃金の格差が拡大しても、富裕層が消費する財・サービスの価格がその分だけ高くなってしまえば、消費量の格差は変わらないままである。逆に、富裕層が消費する財・サービスの価格がより安くなってしまうとしたら、消費量の格差は名目での格差以上に広がっていることとなる。

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脚注   [ + ]

1. 労働市場が完全市場だと考えれば、賃金は労働の限界生産性に等しいが、限界生産性の定義から生産性の高い企業では賃金が高い。