(第3回)中華民国憲法における「個人のありかた」――司法院釈字第748号解釈に着目して(松井直之)

特集/LGBTQ・性的マイノリティと法——東アジアにおけるLGBT法政策の現状と課題| 2022.04.18
LGBTQあるいは性的マイノリティの人権問題が日本社会の中で注目を集めるようになってから久しいですが、未だその人権保障状況が充分に改善しているとはいえません。本特集では、日本と関連性の深い東アジア諸国に目を向け、そのなかでの特徴のある最近の事例や具体的な問題を紹介しながら、それぞれの歴史や現状を踏まえ、今後の展望などを考えていきます。

前特集「LGBTQ・性的マイノリティと法――トランスジェンダーの諸問題」も、ぜひ併せてお読みください。

はじめに

2017年5月24日、台湾の司法院1)大法官2)は、司法院釈字第748号解釈(以下、「本解釈」という)を示した3)。その後、立法院は、2019年5月17日、本解釈に基づき同性婚に関する特別法として司法院釈字第748号解釈施行法(以下、「本法」という)を可決した。台湾では、本法が5月22日に公布され、5月24日に施行されたことにより、同性婚制度が実施され、同性カップルの婚姻届が戸政機関(戸籍や住民票を管理する行政機関)に受理されるようになった。

しかし、司法院大法官が本解釈を示してから立法院が本法を可決されるまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。2018年11月24日の統一地方選挙と同時に実施された国民投票では、本解釈を踏まえて、民法を改正するのか、それとも特別法を制定するのかが争点の一つとなった。そして、この争点の背後には、「婚姻」とは何かという根源的な問題が内在していたのである。

まず、司法院大法官によって本解釈が示された後に、同性婚反対団体・同性婚推進団体が提出した国民投票案に着目し、これらの団体が「婚姻」をどのように解しているかを概観することにしたい。

同性婚反対団体・同性婚推進団体からの国民投票案の提出

本解釈が示された当日、同性婚に反対する次世代幸福聯盟〔下一代幸福聯盟〕(以下、「幸福聯盟」という)は、「婚姻」を「親密性と排他性を具える永久の結合関係」と捉える「憲法解釈の結果を受け入れることができない」との見解を示し、「立法院が児童の権益を害し、婚姻の定義を改める法律を提出することを阻止するために」、「大法官が独断で定義した人民の婚姻家庭を拒絶し」、「立法院に速やかに公民投票法を改正し、人民が民権を直接行使し、重大な課題を決定できるように呼びかけていく」ことを明らかにした。その後、幸福聯盟は、同性婚に関する国民投票案として、「あなたは、民法の婚姻規定は一男一女の結合に限定すべきであることに同意するか」と「あなたは、婚姻の定義が一男一女の結合であるという前提を改めないで、特別法を以って同性の2人が永久の共同生活を営む権益を保障することに同意するか」を、国民投票に関する事務を管理する常設の選挙管理機関の一つである中央選挙委員会に提出した。

他方で、同性婚を推進する台湾伴侶権益推動聯盟(以下、「推動聯盟」という)は、幸福聯盟による国民投票案の審査通過を受けて、「大法官による憲法解釈は、同性間の婚姻の自由を承認したが、民法の婚姻章を改正するか、民法で保障するか、特別法を制定するかは、立法者の裁量に属すると述べている」との認識のもと、「同性婚に反対する国民投票案は、明らかに違憲違法のおそれがあり、『中央選挙委員会が憲法及び釈字748号を形骸化させ、審査を通過させることで、民主と人権を損なわせるので、我々は、厳重に抗議する』」との意見を表明した。そして、同性婚を推進する団体である平権前夕・彩虹起義は、「あなたは、同じ性別の2人が婚姻関係を成立させることを民法の婚姻章で保障することに同意するか」という国民投票案を中央選挙委員会に提出した。

これらの団体が提出した国民投票案によると、同性婚反対団体は「婚姻」を「一男一女の結合」と解し、同性婚推進団体は「婚姻」を「親密で排他的な永久の結合」と解していることがうかがえる。では、これらの「婚姻」のとらえかたのちがいは、憲法学の視点から、どのように理解することができるのであろうか。

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松井直之(まつい・なおゆき)

愛知大学法科大学院教授