(第3回)君主の好むところが法律の効力を持つ

法格言の散歩道(吉原達也)| 2021.12.20
「わしの見るところでは、諺に本当でないものはないようだな。サンチョ。というのもいずれもあらゆる学問の母ともいうべき、経験から出た格言だからである」(セルバンテス『ドン・キホーテ』前篇第21章、会田由訳)。
機知とアイロニーに富んだ騎士と従者の対話は、諺、格言、警句の類に満ちあふれています。短い言葉のなかに人びとが育んできた深遠な真理が宿っているのではないでしょうか。法律の世界でも、ローマ法以来、多くの諺や格言が生まれ、それぞれの時代、社会で語り継がれてきました。いまに生きる法格言を、じっくり紐解いてみませんか。

(毎月上旬更新予定)

Quod principi placuit, legis habet vigorem.

(Ulp. 1 Inst., D.1.4.1pr.)

クォド・プリンキピー・パラクィット・レーギス・ハベト・ウィゴーレム

(ウルピアヌス『法学提要』第1巻『学説彙纂』第1巻第4章第1法文序項)

大学都市ボローニャ

イタリア共和国北部エミリア・ボローニャ州の州都ボローニャは大学都市としてよく知られている。ヨーロッパ最古の大学ともされるボローニャ大学の所在地である。実際にいつ創立されたのかはもちろん明らかでないが、1088年を創立年とすることが大学の公式見解となっている。ラテン語名アルマ・マーテル・ストゥディオルム Alma Mater Studiorum、「諸学問を慈しむ母」を名乗る。現在、規模においてはイタリア国内2位といわれ、ラヴェンナ、リミニなど州内各地のキャンパスに分かれ、学生数8万人を擁する巨大な大学となっている。現在の法学部は旧市内のザンボーニ通りに移っているが、ポルティコ沿いの門扉を開くとそこに大学があるという感じで、大学が町の中に溶け込んでいることが感じられる場所だ。16世紀に建設された旧大学アルキジンナジオの建物が今もマッジョーレ広場沿いに残されている。壁に飾られた多くの紋章は、ヨーロッパの各地からやってきた学生たちがこの地で学んだ記念に残したもので、往時のボローニャ大学の隆盛を偲ばせてくれる。

『学説彙纂』の再発見

ローマ法学を再生させ、そしてボローニャを法学研究の一大センターとするに至った最大のできごとは、『学説彙纂』(ディゲスタ Digesta)の再発見であった。

『学説彙纂』とは、533年、法学入門書『法学提要』とならんで、東ローマ皇帝ユスティニアヌス(1世)により発布された全50巻から法典であり、ラテン語でディゲスタ、ギリシャ語風にパンデクタエPandectaeとも呼ばれ、これがドイツ語のパンデクテンPandektenの語源となっている。帝の命によりトリボニアヌスを中心とする編纂委員会が、法学教育及び裁判実務の便宜のために、古典期法学者の著作から抜粋してそれぞれの題目ごとにまとめて配列したもので、大部分は私法的な内容からなる。『学説彙纂』には資料として約40名の法学者たちの学説が採録されており、なかでもウルピアヌス、パウルスからの引用がそれぞれ全体の3分の1、6分の1を占める。各法文には抜粋典拠が記され、誰のどの文献からの引用であるかがわかるようになっている。例えば標題に掲げたウルピアヌス『法学提要』というのは、ユスティニアヌスの『法学提要』とは別のものであり、ウルピアヌス自身による同名の文献からの引用であることを示している。

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吉原達也(よしはら・たつや)
1951年生まれ。広島大学名誉教授、日本大学特任教授。専門は法制史・ローマ法。