民集及び刑集の「誤り」はどのようにして発見されたか(大根怜・永田憲史)

2021.11.10

1 「最高裁判所判例集に誤り」というニュース

最高裁判例集に約120箇所の誤りがある――。

令和3年(2021年)10月17日の夕刻、「最高裁判例集に誤り『120カ所』1)」という記事が共同通信から配信されました。

最高裁判所民事判例集(民集)及び最高裁判所刑事判例集(刑集)に登載された大法廷判決12件に判決書(原本)と異なる「誤り」が約120箇所見付かり、最高裁が対応を検討するというニュースでした。

確認された「誤り」は、誤字だけに留まらず、判決書1行分30字の欠落や、判決書とは逆の表現になっているもの等、深刻なものが含まれていました。

配信された記事は、共同通信独自のもので、記事のメインの部分である本記だけでなく、サイド記事や解説、さらには識者談話もある重厚なものでしたが、インターネットで閲覧できる記事は記事全体のごく一部に留まっていました。そのため、インターネット、特にTwitterでは、その誤りの内容や発見の経緯を知りたいという声が法律家を含めた少なからぬ方々から発信されました。

民集や刑集の正確性がこのような形で問題になることは、多くの法律家が想定していない事態だったのだろうと思います。

翌18日に最高裁から誤りの内容が公表され、他の報道機関がこのニュースを追いかけて報道したこともあって2)、誤りの内容についてはご承知の方も多いのではないかと思います。

本稿は、発見の経緯と残された課題について、上記の記事を執筆した共同通信記者の大根と取材のきっかけとなった情報を提供した関西大学の永田がお伝えしたいと考え、執筆しました。

なお、本稿の作成においては、大根が主に調査と取材を担い、永田が主に執筆する形をとりました。

また、本稿では、読みやすさを考えて、以下のように略記することとします。

判決文等 判決文、決定文及び命令文
原本 判決書等の裁判書
民集 最高裁判所民事判例集に登載された判決文等
刑集 最高裁判所刑事判例集に登載された判決文等
裁判集民 最高裁判所裁判集民事に登載された判決文等
裁判集刑 最高裁判所裁判集刑事に登載された判決文等
裁判所ウェブサイト 裁判所が運営する裁判所ウェブサイトが提供する判決文等のデータ

 

2 刑集と裁判所ウェブサイトとの相違

今回、確認された「誤り」は、民集及び刑集が原本と異なっているというものでした。すなわち、民集及び刑集と原本との相違が判明したわけです。

しかし、この相違がいきなり発見されたわけではありません。

話は何年か前に遡ります。

永田は、刑集と裁判所ウェブサイトに相違が少なからずあることに気付きました。

みなさんご存じの通り、裁判所ウェブサイトは、最高裁判所によって編集されている民集及び刑集をはじめとする公式判例集や、裁判所の内部資料として編集されている最高裁判所判例集民事(裁判集民)及び最高裁判所判例集刑事(裁判集刑)等を底本として、提供される判決文等のデータが作成され、インターネット上で誰もが登録なしで利用できるように公開されているものです。

裁判所ウェブサイトは刑集等の判例集がそのまま文字起こしされたものでなければなりませんから、両者に相違があれば裁判所ウェブサイトが直ちに修正されるべきでしょう。

永田が気付いた相違は、公式判例集である刑集とは異なる文字で起こされてしまうという誤りに留まらず、刑集にはない30字のフレーズが裁判所ウェブサイトには存在するという深刻なものも含まれていました。

30字のフレーズの相違があったのは、死刑の合憲性について判示した最大判昭23年3月12日刑集2巻3号191頁でした。

この判決は、憲法13条に関して、以下のように判示しています(文書1)。

文書1 刑集2巻3号193頁より抜粋

「まず、憲法第十三條においては、すべて國民は個人として尊重せられ、生命に對する國民の權利については、立法その他の國政の上で最大の尊重を必要とする旨を規定している。しかし、同時に同條においては、公共の福3)祉という基本的原則に反する場合には、生命に對する國民の權利といえども立法上制限乃至剥奪されることを當然豫想しているものといわねばならぬ。」

一方、裁判所ウェブサイトは、以下のようになっていました(文書2)。

文書2 「裁判所ウェブサイト」提供データ2頁より抜粋

「まず、憲法第十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対する国民の権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする旨を規定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生命に対する国民の権利といえども立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているものといわねばならぬ。」(下線は筆者らによる)

両者を比較すると、裁判所ウェブサイトには、下線部のフレーズ、すなわち、「公共の福祉に反しない限りという厳格な枠をはめているから、もし」という刑集にないフレーズが存在していました。

裁判所ウェブサイトの説明によれば、「最近の主な最高裁判所の判決等や、最高裁判所民事判例集及び最高裁判所刑事判例集並びに最高裁判所裁判集民事及び最高裁判所裁判集刑事に登載された判決等が掲載されています。」とされています。

本件判決は、刑集2巻3号191頁だけでなく、裁判集刑1号469頁にも登載されています。とは言え、公式判例集である刑集を差し置いて、裁判所の内部資料にすぎない裁判集刑を底本とする必要性は乏しいと考えられます。そのため、刑集を底本として文字起こしがなされるべきであり、そのようになされていると考えるのが自然でしょう。

従って、裁判所ウェブサイトが刑集と異なっていれば、「誤り」と判断されても仕方がありません。上述のフレーズの存在は、「誤り」ということになりそうです。

文字起こしの誤りも問題ですが、刑集にないフレーズが裁判所ウェブサイトに30字も挿入されているのはより深刻な問題だと永田は考えました。

しかも、このフレーズが挿入されている箇所は、しばしば引用される重要な部分でした。

民間の裁判例データベースでは、提供しているデータに誤りがある場合に利用者がその旨を連絡するフォームを用意していることが多いようです。例えば、関西大学が契約している「LEX/DBインターネット」(TKC)もそのようなフォームを用意しています。しかし、裁判所ウェブサイトには、そのようなフォームはありませんでした。そのため、永田は、日々の仕事の忙しさを理由にして、最高裁判所に書面等で連絡することなくそのままにしてしまっていました。

その後、司法制度を長年取材してきた新聞記者(大根と共同通信の名誉のために付言しておくと、この記者は大根ではなく、共同通信の記者でもありません)からたまたま死刑について取材を受けた際、永田は、上記の相違について伝えました。ちょうど、上記の判決が死刑の合憲性について判示したものだったからです。

しかし、その記者は、「そういうことはよくあることで、取り立てて問題にするような話ではない」として取材の対象とならないことを明言しました。

永田は、上記の相違に深刻なものが含まれていることから、「法情報を正確に伝える点でも問題があるし、公文書の管理や公開の在り方につながる問題でもあるのに」といささか疑問を感じつつも、「司法制度に詳しいベテランの記者がそういうのであれば敢えてこれ以上は言うまい」と考えてしまい、それ以上の話をすることはありませんでした。

しかし、永田はずっと引っかかるものを感じていました。

3 取材開始

今年に入って、永田は、「そういうことはよくあることで、取り立てて問題にするような話ではない」と言われてしまうことを覚悟しつつ、大根に情報提供しました。

実は、大根と永田は、学年は違いましたが、大学時代に同じサークルに所属していました。これまでも、永田が死刑に関する資料を発見したことを大根に何度か情報提供し、大根が記事を書き、それらの記事が共同通信から配信されて4)、多くの地方紙に掲載されたことがありました。

司法担当の経験が豊富な大根は、永田からの情報提供を受けて、「かなり深刻な話ですね」と即座に反応し、なるべく早く記事化したいとして、取材を進めることを永田に伝えました。

今回の記事につながる取材が始まることになった瞬間でした。

しかし、このときはまだ、大根も、永田も、裁判所ウェブサイトが民集や刑集を正確に文字起こしできていない(だけだ)と考えていました。2人とも、まさか、民集や刑集が原本を正確に文字起こしできていないとは夢にも思っていなかったのです。

4 大法廷判決及び決定と裁判所ウェブサイトの照合

大根は、前記の昭和23年3月12日判決が大法廷判決だったこともあり、大法廷判決及び決定を対象に、民集及び刑集と裁判所ウェブサイトを突き合わせ、相違がないか確認する作業を精力的に行いました。

永田も、多重チェックのために、大根とは別に、相違がないか確認する作業を行いました。

その結果、まず、平成14年(2002年)以降の大法廷判決及び決定には、民集又は刑集と裁判所ウェブサイトに相違は見受けられませんでした。具体的には、

  • 郵便法違憲判決(最大判平14年9月11日民集56巻7号1439頁)
  • 在外邦人選挙権制限事件判決(最大判平17年9月14日民集59巻7号2087頁)
  • 国籍法違憲判決(最大判平20年6月4日民集62巻6号1367頁)
  • 婚外子相続分差別事件決定(最大決平25年9月4日民集67巻6号1320頁)
  • 再婚禁止期間違憲判決(最大判平27年12月16日民集69巻8号2427頁)
  • 夫婦同氏制合憲判決(最大判平27年12月16日民集69巻8号2586頁)

の6つの判決及び決定です。

これらの判決及び決定において、民集又は刑集と裁判所ウェブサイトに相違がないのは、裁判所ウェブサイトが判決又は決定の原本を作成するのに用いたファイルを流用したためであろうと思われます。

一方、それ以前の判決については、照合した多くの判決において、民集又は刑集と裁判所ウェブサイトに相違が多数存在することが判明しました。相違が存在しなかったのは、

  • マクリーン事件判決(最大判昭53年10月4日民集32巻7号1223頁)
  • レペタ事件判決(最大判平元年3月8日民集43巻2号89頁)

の2つの判決だけでした。

具体的にどのような相違があったのでしょうか。

ここでは、2で取り上げた死刑合憲判決(最大判昭23年3月12日)について、刑集と裁判所ウェブサイトとの相違を紹介することにします。

以下の表では、刑集と裁判所ウェブサイトとの間で異なる箇所にそれぞれ下線を引いています。

死刑合憲判決(最大判昭23年3月12日)

刑集2巻3号191頁 裁判所ウェブサイト
193頁 現代国家は一般に統治権の 1頁 現代国家は一般に統治権の
193頁 一連の関係において死刑制度は 1頁 一連の関係において死刑制度は
193頁 い知られる 2頁 い知られる
193頁 辯護人の主張するように果して 2頁 弁護人の主張するように果して
193頁 同時に同條においては、公共の福祉という 2頁 同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳格な枠をはめているから、もし公共の福祉という
193頁 すなわち憲法は現代 2頁 すなわち憲法は現代
194頁 母ヤ妹 3頁 母ヤ妹
194頁 被告人真面目ニ働カ 3頁 被告人真面目ニ働カ
195頁 被告人ニアルコト 3頁 被告人ニアルコト
195頁 答ヘズとの記載 3頁 答ヘストノ記載
195頁 檢事はその論 3頁 検事はその論
195頁 ヤトノ懸念ヲ生シムル 3頁 ヤトノ懸念ヲ生シムル
195頁 鑑定人の鑑定に附す 3頁 鑑定人の鑑定に附すか
195頁 阻却すべき由たる 4頁 阻却すべき由たる
196頁 第四百四十六條により主文の 4頁 第四百四十六条より主文の
196頁 なお上告趣意 4頁 なお上告趣意
196頁 しかし、憲法はその 4頁 しかし、憲法はその
196頁 れない 5頁 れない
197頁 ちがつて来る例へば 5頁 ちがつて来る例へば
197頁 奪つてしまうものから 5頁 奪つてしまうものから
197頁 使う人もある(假りに 5頁 使う人もある(仮りに
197頁 云えばそうも云えるであろう(假りに 5頁 云えばそうも云えるであろう(仮りに
197頁 きりがない 5頁 きりがない
197頁 云うことである(我々の 6頁 云うことである(我々の
197頁 重要である私は 6頁 重要である私は
197頁 求めなければならないと思うそこで 6頁 求めなければならないと思うそこで
198頁 公共の福祉に反しない限り立法 6頁 公共の福祉に反しない限り立法
198頁 規定して居る 6頁 規定して居る
198頁 見なければならない 6頁 見なければならない
198頁 妥當である(卽ち 6頁 妥当である(即ち
198頁 居るのだと説く 6頁 居るのだと説く
198頁 外思えない 6頁 外思えない
198頁 奪はれ得ないとになるから 6頁 奪はれ得ないとになるから
198頁 ある。蓋同條に 7頁 ある、盖同条に
198頁 形式的理論解釋である 7頁 形式的理論解釈である
199頁 推察する 7頁 推察する
199頁 思はない 7頁 思はない
199頁 勿論だから若し 7頁 勿論だから若し
199頁 選擇しないであろう 7頁 選択しないであろう

 

このように、相違の大半は、文字起こしの際の誤りと言えるものでした。第二次世界大戦終戦後から間もない時期の判例集は、紙質が非常に悪く、活字が欠けるなどしたものが少なくありません。そのため、光学文字認識(Optical Character Recognition/Reader; OCR)の処理がうまくいかず、その後の人の目によるチェックが不十分だったのではないでしょうか。

もっとも、民集又は刑集と裁判所ウェブサイトとの相違の中には、語句が抜けていたり、民集又は刑集にない語句が加わったりしているものも少なからずありました。

以下、いくつかの例を紹介しましょう。

帝銀事件判決(最大判昭30年4月6日)

刑集9巻4号663頁 裁判所ウェブサイト
669頁 所論の摘示する聴取書 3頁 所論の摘示する検事の聴取書
675頁 刑罰としての死刑は、執行方法が 8頁 刑罰としての死刑は、その執行方法が

 

チャタレイ事件判決(最大判昭32年3月13日)

刑集11巻3号997頁 裁判所ウェブサイト
1015頁 個人的にも変化を生ずる 13頁 個人的にも社会的にも変化を生ずる
1022頁 訴訟記録及び第一審記録及び第一審裁判所で 19-20頁 訴訟記録及び第一審裁判所で
1031頁 直接口頭審理主義もここにある 28頁 直接口頭審理主義の意義もここにある

 

砂川事件第一次上告審判決(最大判昭34年12月16日)

刑集13巻13号3225頁 裁判所ウェブサイト
3237頁 そしてそれが 6頁 そしてかりにそれが
3240頁 誘発しないための 9頁 誘発しないようにするための
3244頁 効力を生じた時に 12頁 効力を生じたと認められた時に
3269頁 安全保障条約に基く 36頁 安全保障条約三条に基く

 

明治6年太政官布告第65号が有効に存続しているとした判決(最大判昭36年7月19日)

刑集15巻7号1106頁 裁判所ウェブサイト
1112頁 死刑にならない重罪を犯しても 1頁 死刑にならないなら重罪を犯しても
1114頁 法律と同一効力 3頁 法律と同一効力

 

第三者所有物没収事件判決(最大判昭37年11月28日)

刑集16巻11号1593頁 裁判所ウェブサイト
1599頁 二九条に違反するものであるが、 3頁 二九条に違反するものであるというのであるが、

 

尊属殺重罰規定事件判決(最大判昭48年4月4日)

刑集27巻3号265頁 裁判所ウェブサイト
277頁 個人の尊厳のもとに 11頁 個人の尊厳の自覚のもとに

 

旭川学力テスト事件判決(最大判昭51年5月21日)

刑集30巻5号615頁 裁判所ウェブサイト
635頁 解釈という 13頁 解釈態度という
644頁 調査目的のためと認める 21頁 調査目的のために必要と認める

 

愛媛県玉串料事件判決(最大判平9年4月2日)

民集51巻4号1673頁 裁判所ウェブサイト
1735頁 到底いうことができず、 54頁 到底いうこということができず、

 

また、民集又は刑集と裁判所ウェブサイトとの相違の中には、以下のように、意味が反対になっていたり、異なる内容を示したりするものもありました。

旭川学力テスト事件判決(最大判昭51年5月21日)

刑集30巻5号615頁 裁判所ウェブサイト
639頁 認められない限り 16頁 認められ限り

 

愛媛県玉串料事件判決(最大判平9年4月2日)

民集51巻4号1673頁 裁判所ウェブサイト
1687頁 審判決 10頁 審判決

 

これらの相違の数は、判決ごとに異なっていました。

相違が最も多かったのは第三者所有物没収事件判決で、刑集においては新字体の「収」の字で統一されているのに対し、裁判所ウェブサイトにおいては新字体の「収」の字と旧字体の「收」が混在していました。裁判所ウェブサイトでは、旧字体の「收」とされている箇所が全体で148箇所に及んでおり、これらを合わせると160箇所を超える相違が存在していました5)

判決ごとの相違の数は、以下の通りです。

帝銀事件判決
(最大判昭30年4月6日刑集9巻4号663頁)
5箇所
チャタレイ事件判決
(最大判昭32年3月13日刑集11巻3号997頁)
28箇所
砂川事件第一次上告審判決
(最大判昭34年12月16日刑集13巻13号3225頁)
50箇所
(同じ誤り5箇所を含む)
明治6年太政官布告第65号が有効に存続しているとした判決
(最大判昭36年7月19日刑集15巻7号1106頁)
7箇所
(同じ誤り2箇所を含む)
第三者所有物没収事件判決
(最大判昭37年11月28日刑集16巻11号1593頁)
160箇所
(同じ誤り150箇所を含む)
東大ポポロ事件第一次上告審判決
(最大判昭和38年5月22日刑集17巻4号370頁)
12箇所
(同じ誤り2箇所を含む)
尊属殺重罰規定事件判決
(最大判昭48年4月4日刑集27巻3号265頁)
12箇所
薬事法距離制限事件判決
(最大判昭50年4月30日民集29巻4号572頁)
2箇所
議員定数配分規定事件判決
(最大判昭51年4月14日民集30巻3号223頁)
4箇所
旭川学力テスト事件判決
(最大判昭51年5月21日刑集30巻5号615頁)
8箇所
議員定数配分規定事件判決
(最大判昭60年7月17日民集39巻5号1100頁)
1箇所
森林法共有林事件判決
(最大判昭62年4月22日民集41巻3号408頁)
5箇所
愛媛県玉串料事件判決
(最大判平9年4月2日民集51巻4号1673頁)
28箇所
(同じ誤り5箇所を含む)

令和3年(2021年)9月、大根は、共同通信社の最高裁担当の記者を通じて、最高裁に対して、民集又は刑集と裁判所ウェブサイトに多くの相違があることを伝えました。

これを受けて、最高裁は調査を開始しました。

5 民集・刑集と裁判集民・裁判集刑との相違

このころ、大根は、民集又は刑集と原本に相違があるのではないか、すなわち、公式判例集である民集又は刑集に「誤り」があるのではないかとの疑念を抱き始めました。なぜなら、4でも一部を紹介した民集又は刑集と裁判所ウェブサイトとの相違の中には、民集又は刑集のほうが誤っていると言わざるをえない箇所が散見されたからです。

この疑念は、大根が死刑合憲判決(最大判昭23年3月12日)についての判例評釈6)を確認したことでより深まることになりました。その判旨を紹介した箇所には、刑集にない30字のフレーズが裁判集刑には存在することが記載されていました。恥ずかしいことに、永田は死刑の研究者でありながら、この確認を怠っていました。

大根は、早速、死刑合憲判決が登載されている裁判集刑1号469頁を確認しました。そこには、確かに、刑集にない30字のフレーズが掲載されていたのです。

刑集と裁判集刑に相違があり、少なくともいずれかは原本と相違があることが明らかとなって、疑念は深まりました。

刑集や民集に原本との相違、つまり、「誤り」があるのではないか――。

大根は、刑集と裁判集刑との間に相違があることを共同通信の最高裁担当の記者を通じて最高裁に伝えました。

最高裁は、判例集の間に相違があることを深刻な問題としてとらえたようで、その観点から調査を続行することとなったようです。

大根は、大法廷判決及び決定について、今度は裁判集民及び裁判集刑を収集し、それらと民集及び刑集に相違がないか確認し始めました。

6 民集・刑集の誤り

そうこうするうち、最高裁は調査の結果をとりまとめました。

最高裁は、大法廷判決及び決定の原本を取り寄せ、民集及び刑集、さらには裁判所ウェブサイトと比較しました。

その結果、大根の予想通り、民集や刑集に誤りがあったことが明らかになりました。

死刑合憲判決(最大判昭23年3月12日)の原本には、「公共の福祉に反しない限りという厳格な枠をはめているから、もし」という30字のフレーズが存在しており、刑集に抜けがあることが分かりました。このフレーズは、裁判書のちょうど1行分であり、このフレーズのある行も、その隣の行も、「公共の福祉」という文言から始まっていました。同じ文言から始まる1行全部を飛ばして刑集の組版がなされていたのです。

このほか、死刑合憲判決を含む12件の大法廷判決において、この段階で、民集及び刑集の誤りが計118箇所、裁判所ウェブサイトの誤りが計247箇所確認されました。

当初予想されていた裁判所ウェブサイトだけでなく、公式判例集である民集及び刑集にも少なからぬ誤りがあることが判明したのです。

最高裁は、共同通信の記事配信の翌日である令和3年(2021年)10月18日にこれらの事実を公表しました。誤りの内容については、裁判所ウェブサイトで閲覧することができます。

7 誤りの範囲

今回、調査されたのは、大法廷判決及び決定のみであり、民集及び刑集並びに裁判所ウェブサイトのうちのごく一部にすぎません。民集及び刑集に登載された判決文等は8000件を超えているそうです。

原本から組版をしたり、判例集からデータを作成したりする際には、人の目や人の手が介在することから、誤りが発生することは避け難く、十分ありうることです。

そのため、民集及び刑集に登載された他の判決文等にも、また、高等裁判所民事判例集(高民集)及び高等裁判所刑事判例集(高刑集)をはじめとする他の公式判例集にも、さらに、裁判所の内部資料と位置付けられている裁判集民及び裁判集刑に登載された判決文等にも少なからぬ誤りがありうることが予想されます。加えて、裁判所ウェブサイトが提供する他の判決文等にも誤りがある可能性も否定できません。

そうだとすると、

①民集及び刑集をはじめとする公式判例集
②裁判集民及び裁判集刑のような裁判所の内部資料
③裁判所ウェブサイト

の全てが原本とは異なっており、しかも、①、②及び③のそれぞれとの間で相違があるという判決等が存在する可能性が否定できません。

法学研究者にとっても、法律実務家にとっても、報道関係者にとっても、学生にとっても、公式判例集にまでこれほどの誤りがあったことは、晴天の霹靂と言ってよいでしょう。自らが利用している判決文等が正確であるのか、また、判例集や裁判所ウェブサイトに相違がある場合に、どの情報を信用してよいのか(あるいはどの情報も信用できないのか)、誰もが不安を抱えなければならない事態に陥っているのです。

8 今後の調査における課題

最高裁は、裁判所ウェブサイトにおいて、「裁判所としては、本ウェブサイトや判例集における記載と実際の判決書との違いが相当数判明したことについては、重く受け止めており、しかるべき調査を行ってまいります。」と記載しています。

最近、永田は、いじめ防止対策推進法の研究にも注力しています。いじめへの教育委員会の対応を見ていると、もし本件に対応するのが教育委員会であれば、報道されることが分かっていたとしても、調査することを拒否したり、調査して誤りが判明してもそのことを隠蔽したり、「相違はあるが、誤りではなく、問題はない」などと強弁したりすることが多いだろうと推察しています。それと比べると、最高裁は、当然と言えば当然かもしれませんが、誤りの存在を率直に認めて対応しようとしていますから、歓迎したいと思います。今後、調査が進み、修正が図られることを願ってやみません。

もっとも、その調査は、困難を孕んでいます。原本の入手という壁です。

民事判決原本については、青山善充先生らの御尽力により、国立公文書館つくば分館に永久保存されることとなっており、原本の入手は可能です7)

一方、刑事事件については、原本の保管期間が定められています。詳しく見てみましょう。

裁判書を含む刑事被告事件に係る訴訟の記録は、訴訟終結後には、当該被告事件について第一審の裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官が保管するものとされています(刑事確定訴訟記録法2条1項)。

それゆえ、裁判書は各検察庁に点在しており、これを入手するために、多くの手間や時間を要することになります。

しかし、より深刻な問題は、これらの裁判書には、以下のように、保管期間が定められているということです(同法2条2項、別表)。

死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に処する確定裁判の裁判書 100年
有期の懲役又は禁錮に処する確定裁判の裁判書 50年
罰金、拘留若しくは科料に処する確定裁判
又は刑を免除する確定裁判の裁判書
20年
(法務省令で定めるものについては、法務省令で定める期間8)
無罪、免訴、公訴棄却又は管轄違いの確定裁判の裁判書
死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係るもの 15年
有期の懲役又は禁錮に当たる罪に係るもの 5年
罰金、拘留又は科料に当たる罪に係るもの 3年
控訴又は上告の申立てについての確定裁判
(上記の確定裁判を除く。)の裁判書
控訴又は上告に係る被告事件についての上記の確定裁判の区分に応じて、その裁判の裁判書の保管期間と同じ期間
その他の裁判の裁判書 法務省令で定める期間9)

 

死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に処する確定裁判の裁判書であれば、その保存期間が100年であることから、死刑合憲判決(最大判昭23年3月12日)のように、第二次世界大戦直後の裁判書であっても保存されています。

しかし、有期の懲役又は禁錮に処する確定裁判の裁判書については、その保存期間は50年であることから、昭和40年代半ば(1970年ごろ)以前の裁判書は廃棄されている可能性が多分にあります。無罪の確定裁判の裁判書に至っては、死刑に当たる罪に係るものであっても、その保存期間は15年であり、有期懲役に当たる罪に係るものであれば、その保存期間は5年にすぎず、平成に入ってからの裁判書でさえ、廃棄されている可能性があるのです。

このように、原本と判例集を照合しようとしても、刑事事件の場合、原本が入手できず、その作業を実施できない例が多数に上ることが予想されます。この場合、複数の判例集の間で相違があるとしても、そのどちらが真正であるのか、裁判書が存在しないことから、確定できないこととなってしまいます。

今後、最高裁がどのように調査を進めるのか、注視していきたいと思います。

判例集に誤りが生じてしまい、それが気付かれないままであった理由の分析については、今後、最高裁の調査や検討を待ちたいと思いますが、根源的な問題は裁判所に予算も人手も足りないことにあるのだろうと考えざるをえません。

人が作業をする以上、誤りが発生することは避け難いでしょうから、その誤りを少なくするためには、確認する回数や人の数を増やすしかありません。判例集の誤りというパンドラの箱を開けてしまった私たちは、「司法に予算を」、「司法に人手を」ということを強く訴えたいと思います。

脚注   [ + ]

1. 正確には、119カ所(約120カ所)であった。
2. 例えば、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211018/k10013312311000.html(2021年10月31日閲覧。以下同じ)。
3. 原文は旧字で、へんは「示」(以下同じ)。
4. ①第二次世界大戦直後に一般刑事犯に対する死刑執行始末書をGHQ/SCAP資料から発見し、絞首刑の執行に平均約14分を要していることが判明したという記事(平成24年(2012年)10月8日)、②いわゆるA級戦犯の死刑執行手順書等の文書をGHQ/SCAP資料から発見し、被執行者の指紋を採取していたことなどが判明したという記事(平成25年(2013年)6月7日)、③フィリピンにおいてアメリカ軍により執行されたいわゆるB級戦犯の死刑執行始末書等の文書をGHQ/SCAP資料から発見し、その最期の言葉などが判明したという記事(平成27年(2015年)11月29日)、④旧名古屋刑務所を取材して刑場(絞首台)の写真を掲載した名古屋タイムズの記事を発見するとともに、同記事を執筆した記者が書いたエッセーを発見し、取材時の詳細な事情を確認したという記事(平成29年(2017年)3月4日)。
5. 裁判所ウェブサイトにおいては、原本が旧字体で表記されている場合、新字体に置き換えるものとされているようである。旧字体を新字体に置き換えることは一般的に行われているところであるから、相違とはしなかった。一方、原本が新字体であるのに、これを旧字体に置き換えるのは不自然であるから、相違として取り扱った。
6. 中島宏「死刑と残虐な刑罰」長谷部恭男ほか編『憲法判例百選Ⅱ[第7版]』(有斐閣、2019年)254頁以下。
7. その経緯については、青山善充「『判決原本の保存』運動を振り返って」LIBRA21巻4号(2021年)5頁以下が詳しい。
8. 刑事確定訴訟記録法施行規則(昭和62年法務省令第41号)1条。
9. 刑事確定訴訟記録法施行規則2条。

大根怜(おおね・さとし 共同通信記者)
1982年生まれ、広島県出身。京都大学法学部卒業。2005年、一般社団法人共同通信社入社。青森支局、仙台支社編集部を経て2012年から本社社会部。仙台では東日本大震災を経験、取材した。社会部では司法記者クラブ、文部科学省記者クラブなどを担当し、現在、遊軍記者として司法、平和問題などを主に取材。

永田憲史(ながた・けんじ 関西大学教授)
1976年生まれ。2015年より現職。刑事学に加えて、いじめ防止対策推進法の研究にも注力し、「いじめと法」の授業も担当。著書に、『死刑選択基準の研究』(関西大学出版部、2010年)、『わかりやすい刑罰のはなし――死刑・懲役・罰金――』(関西大学出版部、2012年)、『GHQ文書が語る日本の死刑執行――公文書から迫る絞首刑の実態――』(現代人文社、2013年)、『財産的刑事制裁の研究――主に罰金刑と被害弁償命令に焦点を当てて――』(関西大学出版部、2013年)。