(第10回)「子どもを母乳で育てたいので、くすりは飲みません」

こころのくすり、くすりのこころ(渡邉博幸)| 2021.07.08
「いつまでくすりを飲まないといけないの?」「副作用が心配です」「今のくすりが合わない気がする……」。精神科のくすりを服用する際、当事者や家族は疑問や不安を抱くことがあるでしょう。くすり以外の方法を用いることも大切です。医療者が一方的に治療を提供するのではなく、当事者・家族・支援者が見通しを共有し、よりよい治療につながる工夫を考えます。

(毎月上旬更新予定)

妊娠・出産の時期に女性に襲いかかる負担

女性にとって、妊娠・出産・授乳というプロセスは、生涯のなかでの大きな出来事です。子どもを待望していたカップル、家族にとってはたいへん喜ばしい吉事と受け止められることでしょう。しかし、この時期は、女性にとってはメンタルに動揺をきたしやすい時期でもあります。

まず生理的には、女性ホルモン分泌の大きな変動が生じます。女性ホルモンは情動(とくにうつや不安)と密接にかかわっています。また、いわゆるつわりや食欲の変化により、適切な栄養がとれなくなったり、逆に食べすぎて体重が予定以上に増えてしまうこともあります。お腹の赤ちゃんが大きくなるにつれて、血液量が増えて、動悸や息苦しさを感じ、睡眠も乱れて不眠になったり過眠になったりします。

妊娠・出産・育児をめぐってパートナーとの不協和音があらわになったり、ひどい場合は妊娠がわかったとたん、パートナーが音信不通になってしまったりして、心理的な負担が生じることもあります。もともと家族内にあった、未解決のさまざまな葛藤が再燃してくる場合もあります。妊娠・出産を若い夫婦だけで乗り越えるのは難しく、親から物心両面の支援を受けることが多い(里帰り出産はその最たるものです)ため、両親と向き合わなくてはならない場面がどうしても出てきます。また、子どもに姉や兄がいる場合は、赤ちゃん返りしてきて、手を焼くこともあります。このように、家族との関係性もまた大きく動揺する時期なのです。

さらに、経済的・社会的な危機を迎える時期でもあります。仕事をしている女性が妊娠した場合、一時的とはいえ、産休や育休で職から離れなくてはならず、思い描いていたキャリア形成を断念せざるを得ない場合もあるでしょう。共働き夫婦にとっては大きな収入減になり、支出は逆に増えます。さまざまな制度利用の手続きをしたり、乳児健診や予防接種なども定期的に受けなくてはなりません。それらを一人でこなさなくてはいけない状況にある女性や、スケジュールを立てたり物事を予定通り進めたりするのがもともと苦手な女性の場合は、とても大きな心労になります。

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録(無料)はお済みですか? 会員について

渡邉博幸(わたなべ・ひろゆき)
千葉市にある都市型の精神科専門病院である木村病院で働いています。とくに専門をもたずにいろいろな患者さんを診ていますが、最近は産後メンタル不調の方や若い方に多くかかわっています。薬のこと、こころのこと、暮らしのこと、さまざまな困りごとに、いろいろなスタッフと協力し試行錯誤しながら答えを探す毎日です。著書:『統合失調症治療イラストレイテッド』(星和書店)ほか。