(第8回)くすりの量が増えるのはどんなとき?

こころのくすり、くすりのこころ(渡邉博幸)| 2021.05.07
「いつまでくすりを飲まないといけないの?」「副作用が心配です」「今のくすりが合わない気がする……」。精神科のくすりを服用する際、当事者や家族は疑問や不安を抱くことがあるでしょう。くすり以外の方法を用いることも大切です。医療者が一方的に治療を提供するのではなく、当事者・家族・支援者が見通しを共有し、よりよい治療につながる工夫を考えます。

(毎月上旬更新予定)

こころのくすりの量はどう決めているのですか?

21世紀に入って、こころのくすりの使い方は大きな変革を迎えました。患者さんを悩ませていた便秘や口渇、手の震えといった副作用を生じにくい新規薬が開発され、治療薬の主役交代が急速に進みました。また、従来は精神療法による治療が主であった、強迫症や社交不安症などの不安障害、さらには注意欠如・多動症のような発達障害の一部に対しても新薬の有効性が示され、爆発的に処方が拡大しました。

しかし、こころのくすりは、身体の病気に用いる薬剤と異なり、客観的な検査結果によって効果を判定することができません。たとえば、統合失調症は、高血圧症や糖尿病、高脂血症と同じように、薬効を自覚しにくいにもかかわらず、年余にわたる長期間、服薬を継続しなければならない疾患ですが、処方量設定の仕方は身体の病気の場合と大きく異なります。高血圧症であれば血圧測定によって、糖尿病や高脂血症であれば血糖値やコレステロール値などを調べる血液検査によって、効果を判断することができますが、統合失調症ではそのような客観的な指標はありません。

では、どのようにして処方量を決めるのでしょうか? 統合失調症では、精神科の診療場面で患者さんの表情や言動、態度や行動を観察し、そして自宅での生活状況をうかがって、「このくすりは効いていないな」とか、「もう少し増やすと効果が期待できるな」といったように、医師の経験に基づいた“さじ加減”で処方量を決めています。こう聞くと、ずいぶん旧式なやり方と驚かれるのではないでしょうか。

とくに、従来薬という古くから用いられているくすりでは、使い方の基準を示す「添付文書」の中に上限量の記載がなく、医師の裁量による処方量の調節を認め、「年齢、症状により適宜増減する」と書かれていることがあります。そのため、患者さんの病状や基礎体力などを見ながら、初回処方量と増量スピードを判断し、徐々に量を増やして、効果と副作用のバランスが最適になったところを維持量として定めていました。

たとえば、あるくすり2mgで症状が落ち着く人もいれば、30mg使ってようやく効き目が出る人もいます。どの患者さんに少量で済んで、どの患者さんは目一杯使わなくてはならないのかを予測することは難しく、処方量を慎重に調整しながら適量を定めていくのが従来のやり方でした。

薬物治療の主役が新規薬に置き換わった今日においても、くすりの最適量はそのときの症状の程度、服薬の仕方、年齢、性別、生活習慣などでも変動し、たいへん個人差が大きいものです。

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渡邉博幸(わたなべ・ひろゆき)
千葉市にある都市型の精神科専門病院である木村病院で働いています。とくに専門をもたずにいろいろな患者さんを診ていますが、最近は産後メンタル不調の方や若い方に多くかかわっています。薬のこと、こころのこと、暮らしのこと、さまざまな困りごとに、いろいろなスタッフと協力し試行錯誤しながら答えを探す毎日です。著書:『統合失調症治療イラストレイテッド』(星和書店)ほか。