無差別殺人につき完全責任能力を認めたうえで無期懲役とした事例(浅田和茂)

TKC論文セレクション| 2020.11.04
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判例情報

【文献種別】  決定/最高裁判所第一小法廷
【裁判年月日】 令和元年12月2日
【事件番号】  平成29年(あ)第621号
【事件名】   殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
【裁判結果】  上告棄却
【参照法令】  刑法39条、199条、銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号、22条
【掲載誌】   最高裁判所裁判集刑事327号17頁
【LEX/DB】   LEXDB25570577

事実の概要

第1審判決によれば、本件の概要は以下のとおりである。

覚せい剤自己使用前科3犯の被告人(1975年生)が、2012年5月に刑務所出所後、地元のT県で職を求めたがうまくいかず、6月9日に受刑中に知り合ったAを頼って大阪にきたが適当な仕事はなかった。A方(マンション7階)に泊ったが、同日夜半には「刺せ刺せ」という幻聴がはじまり、未明には「包丁を買え」という幻聴も加わって、一睡もできないまま、A方ベランダから飛び降り自殺しようとしたが果たせなかった(控訴審はこの点は疑わしいという)。そこでT県に帰ろうと思い10日正午過ぎに預金を下ろし、自殺したいという気持ちが大きくなったため包丁を購入し、刃先を腹に向けたが刺すことはできなかった。この時点で、「刺せ刺せ」という幻聴が連続的に聞こえるようになっており、自殺するか、T県に帰るか、幻聴に従って人を刺すかという三つの選択が頭の中をめぐっていたが、午後1時頃、幻聴に従って人を刺殺することを決意した。午後1時1分頃、通行中のB男(42歳)を左前方に認めると、「その男を刺せ」という幻聴が聞こえたため、紙袋から取出した包丁で腹部・頸部等を多数回突き刺し、その場で死亡させ、さらにそれに気付いて自転車を押しながら徒歩で逃げていたC女(66歳)を追いかけ、包丁で背部・前頸部等を多数回突き刺し、5時間後に病院で死亡させた。

第1審(大阪地判平27・6・26)は、本件の争点は責任能力の有無程度にあるとし、裁判所が採用したD鑑定と捜査段階におけるE鑑定(Eはその後に死亡、補助者であったFが公判で証言した)とを詳細に検討した。D鑑定は、被告人は覚せい剤中毒後遺症および覚せい剤依存症の精神障害を有しているが、後者が犯行に与えた影響はないとしたうえ、覚せい剤中毒後遺症による幻聴があった可能性はあるが、幻聴の犯行に対する影響は極めて乏しいというものであった。他方、E鑑定・F証言は、被告人は覚せい剤精神病の遷延・持続型にり患しており、犯行は幻聴に強く影響された行動であったとし、被告人の弁識能力・制御能力は相当低下と著しく低下の境界域にあったとするものであった。判決は、主にD鑑定に依拠して完全責任能力を認めたうえで、強固な殺意があったこと、覚せい剤中毒後遺症は自ら招いた結果であること、計画性が低いことは本件の場合特に重視すべきでないことなどを挙げて死刑を言い渡した。これに対して、控訴審(大阪高判平29・3・9)は、第1審が完全責任能力を認めたのは正当であるとしたうえ、死刑の点につき、計画性が低いことは特に重視すべきでないという第1審の判示は是認できないなどと述べて、破棄・自判し無期懲役を言い渡した。

決定の要旨

上告棄却。「無差別殺人であっても、事案により、被害結果、特に死傷者の数が異なるほか、動機・経緯、計画性の有無・程度、犯行態様、犯行遂行の意思の強固さは様々であり、これらを総合して認められる生命侵害の危険性の程度や生命軽視の度合いも異なることから、非難の程度も事案ごとに異なるというべきである(なお、原判決が計画性の有無・程度をもって本件犯行に対する非難の程度を判断する指標であるかのように説示する部分は、以上に照らして是認することができない。)。」

「本件の犯行態様は、被害者らに突然襲い掛かり包丁でめった刺しにした点で、生命侵害の危険性が高かった上、執ようさ、残虐さが際立っており、生命軽視の度合いが甚だしいといわざるを得ない。突然の凶行によって被告人と何ら関係のない被害者2名の生命が奪われた結果は極めて重大であり、遺族の処罰感情は峻烈である。被告人の刑事責任は誠に重く、本件は死刑を選択することの当否を慎重に検討すべき事案である。」

「被告人は、19歳頃から覚せい剤を使用し始め、覚せい剤の使用又は所持による累犯前科3犯を有し、被告人が本件犯行当時覚せい剤中毒後遺症の状態にあったのは、被告人自身による長期間の覚せい剤使用が原因であるというほかないが、覚せい剤中毒後遺症による幻聴が本件犯行に及ぶ一因となっていたことは、量刑上考慮すべき要素ではあるといえる。もとより、被告人が幻聴に従ってしまおうと決意し犯行に及んだことは誠に短絡的で身勝手であるというべきであるが、更生に向けて行動を起こしながらもそれらがかなわずに自暴自棄に至ったことが本件犯行の原因になっていることに斟酌の余地が全くないとまではいえない。また、被告人は、本件犯行の約10分前に包丁を購入しているものの、その時点では殺人の犯意がまだ確定していなかったといわざるを得ない。無差別殺人について特段の計画や準備をしたとも認められず、本件は場当たり的な犯行であることも否定できない。さらに、犯行現場に臨場した警察官から一喝されて犯行を終了し、その指示に従い抵抗せずに逮捕に応じ悔悟反省の態度を示しており、本件は衝動的な犯行であったことがうかがわれ、無差別殺人遂行の意思が極めて強固であったとも認められない。これらに照らすと、被告人の生命軽視の度合いが甚だしく顕著であったとまではいえない。」

「以上によれば……被告人の刑事責任は誠に重大であるものの、死刑が究極の刑罰であり、その適用は慎重に行わなければならないという観点及び公平性の確保の観点を踏まえ、犯情を総合的に評価すると、本件について、被告人を死刑に処した第1審判決を量刑不当として破棄し無期懲役に処した原判決の刑の量定が甚だしく不当であり原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めることはできない。」

判例の解説

1 覚せい剤中毒と責任能力

 覚せい剤中毒者の責任能力が問題になるのは、急性中毒の場合、慢性中毒の場合、後遺症の各場合である(本件は「後遺症」の事案)。いずれの場合も、意識が精明で過覚醒状態を呈し見当識や追想の障碍がないことから弁識能力があるようにみえるが、その弁識は妄覚・妄想などに支配されたものであるから、それが犯行に関連していることが認められれば、心神喪失ないし心神耗弱とされるべきである。なお、中毒症状を脱した後数ヵ月後に幻視等が生ずるフラッシュバックが問題になることもある(本件控訴審は、これを検討したうえで否定した)。覚せい剤中毒については、統合失調症と比較して人格の核心部分が侵されてない、その病的体験は不安状況反応であって全人格を支配していない、犯行に病前の異常性格が役割を演じていることが多いとして、せいぜい心神耗弱に止まるとする見解が有力であるが、批判もある1)

覚せい剤中毒の下で行われた殺人の例は多数見られるが、比較的最近のものは、たとえば以下のとおりであり、心神喪失としたものもあるが、心神耗弱とするのが主流であり、重大事件で完全責任能力としたものもある2)

①横浜地判平13・9・20判タ1088号265頁は、同居していた父母を包丁で突き刺し父を殺害し母に傷害を負わせた事件につき、覚せい剤精神病に罹患し、幻聴や幻覚妄想を抜きに考えると犯行動機として理解し難く、犯行状況も不自然・不合理であるとして心神喪失とした。②大阪地判平3・6・26判タ775号231頁は、覚せい剤中毒の残遺症状があり、覚せい剤使用を再開したため慢性中毒症状を呈するに至った被告人が、ホテルに呼び寄せたデート嬢を、「刺せ」という幻聴を聞いて包丁で殺害した事件で、本件犯行は病前人格と全く異質なものではなく、動機において了解可能であり、良く記憶していて意識障害もなかったが、幻覚が犯行の契機になったことは否定できないとして、心神耗弱とした(懲役8年)。③東京地判平15・6・10判時1836号117頁は、反社会的人格障害に加えて覚せい剤精神病により幻覚を有していたホームレスの被告人が、同じくホームレスの3人をナイフで刺すなどして殺害し、さらに友人のホームレスにナイフを突き出して殺害しようとした事件で、譫妄状態とも不安状況反応型ともいえず、動機は了解可能で、犯行は本来の人格の発現と認められ、覚せい剤は爆発性・粗暴性を高め、抑制を十分には利かなくするのに加功したにすぎないとして、完全責任能力とした(死刑)。

本件の場合、「刺せ刺せ」という幻聴に従った犯行であったことを認めながら(控訴審も信用性に疑いがあるとしつつ幻聴があったことは肯定している)、心神耗弱も認めなかった点には疑問がある。これは、弁識能力・制御能力は「若干低下していた可能性は認められるものの,著しく失われていなかった」(第1審)、「著しく失われた状況にはなかった」(控訴審)という判断によるものであるが、そもそも幻聴がなければ生じなかった事件であることからすれば「著しく失われてはいなかった」とはいえないように思われる3)

2 責任能力と量刑

 心神耗弱が認められない場合であっても、弁識能力・制御能力が低減しているのであれば、少なくともその分は非難可能性も軽減するのであるから、量刑において刑を軽減する要因になる。たとえば、④東京地判平5・7・29判時1513号179頁は、路上で知り合った女性をラブホテルで殺害した事件につき、覚せい剤精神病の残遺状態にあり、飲酒により不安感があった可能性は否定できないが、幻覚・幻視はなかったとして完全責任能力としつつ、人格障害・軽度の酩酊により通常人に比べて能力が幾分かは減退していたとして刑を軽減する理由とした(懲役13年)4)

本件の場合、第1審判決にはこの点を顧慮した判示はないが、控訴審判決では「被告人の本件精神障害(覚せい剤中毒後遺症)は,責任能力そのものを大きく減ずるものではないとしても,量刑事情としての面では看過することができない程度のものであったと認めざるを得ない」として、刑を減軽する理由の一つとしている。第1審が重視したのは、むしろその自招性であった。自招酩酊に関してはこれまで「原因において自由な行為」が問題とされてきたが、覚せい剤中毒の場合にはきわめて限定される5)。むしろ量刑において自招性をどのように評価するかが問題になる。

第1審は、「本件精神障害は、被告人が覚せい剤を長年使用したことに起因するもので、これにり患したことは自ら招いた結果というべきであり、幻聴の影響を被告人に特に有利に評価することはできない」「長年の覚せい剤使用により本件精神障害にり患し、一定程度の人格変化が起きたことは……被告人が自ら招いた結果であるから、酌むべき事情には当たらない」と述べて、被告人に有利に考慮しない理由とした。これに対し、控訴審は、「覚せい剤等の薬物への依存は一種の病的な症状であって、認知行動療法による治療や自助グループによる支援等を受けることなく、薬物依存者が自らの意思だけでこれを断ち切ることは困難であることは、近時社会的にも広く認知されつつあるし、法制度上も、薬物事犯の罪を犯した者の更生を念頭に刑の一部執行猶予の制度が導入されるなどしているところである」と述べた。今日、薬物依存症は病気であると捉え直す必要があることからすれば6)、控訴審のような理解が適切であろう。

3 死刑か無期懲役か

本件では、第1審が死刑を言い渡したが、控訴審は破棄自判して無期懲役とし、本決定もそれを是認した。私見は、死刑制度に反対であり、速やかに廃止すべきだという意見であるが、現に死刑制度はあり、死刑の言い渡し・執行が行われている7)。重大事件とりわけ被害者複数の殺人事件では、死刑か無期懲役かが問題になり、本件はまさにそのような事件であった。心神耗弱が認められれば、必然的に死刑は回避されるが、完全責任能力とされた場合には量刑の問題ということになる8)

第1審は、死刑を選択する理由として、(a)罪質の悪質さ(通り魔殺人)、(b)犯行態様の残虐さ(包丁で滅多刺し)、(c)犯行結果の重大さ(被害者の無念・遺族の処罰感情)、(d)動機原因に酌むべき点がないこと(自暴自棄・自己中心的・精神障害の自招性)、(e)社会的影響の大きさ(無差別殺人)、(f)本件では計画性が低いことを重視すべきでないことを挙げた。控訴審は、(a)・(b)・(c)・(e)の点は是認できるが、(f)につき「本件において計画性が低いことは量刑上特に重視すべきとはいえないとの判示については,不合理であって是認することができない」とし、また、(d)につき「本件精神障害の影響が酌むべき事情に当たらないとしている点は是認できず」「動機原因において酌むべき点が全くないとまではいい切れない」とし、とりわけ計画性の低いことを詳細に検討したうえ、上述した責任能力の低減および自招性の理解を加えて、死刑を回避した。本決定は、無差別殺人の量刑が総合判断であることを強調して、原判決が計画性の有無・程度をもって非難の程度を判断する指標であるかのように説示する部分は是認できないとしたが、総合判断の一要素として「場当たり的な犯行」であったことを挙げ、計画性も顧慮している。

死刑の適用基準については、いわゆる永山基準(最判昭58・7・8刑集37巻6号609頁)と光母子殺人事件の基準(最判平18・6・20最高裁判所裁判集刑事289号383頁、原則・例外基準と呼ばれる)との異同をめぐって議論があり9)、第1審の死刑を破棄して無期懲役とした控訴審を維持した最高裁の平成27年2月3日の2決定(刑集69巻1号1頁、同99頁)では計画性のないことが強調された10) 。本件第1審判決は原則・例外基準に近く、控訴審判決および本決定は平成27年決定を顧慮したように思われる(本決定の「死刑が究極の刑罰であり、その適用は慎重に行わなければならないという観点及び公平性の確保の観点を踏まえ」という判示は平成27年決定と同じである)。本件の場合は、それに責任能力の低下が加わって死刑が回避されたといえよう。なお、本決定が、量刑の判断資料として「社会的影響」や「改善・矯正の可能性」を挙げていない点は、評価に値する11)

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脚注   [ + ]

1. 梅津寛「薬物精神障害」松下正明総編集『司法精神医学2 刑事事件と精神鑑定』(中山書店、2006年)167頁以下(同169頁以下に急性中毒の2事例が紹介されている)。福島章『精神鑑定 犯罪心理と責任能力』(有斐閣、1985年)139頁以下、秋元波留夫『刑事精神鑑定講義』(創造出版、2004年)373頁以下(「覚せい剤殺人事件」として慢性中毒の事例が詳細に紹介されている)。
2. いわゆる江東区通り魔殺人事件(4人を殺害し2人に重傷を負わせるなどした事件)第1審判決(東京地判昭57・12・23刑月14巻11=12号829頁、異常性格を基盤とする心因性妄想に覚せい剤使用の影響が加わって生じた幻覚妄想が動機形成に重要な役割を果たしたとし心神耗弱とした)および覚せい剤中毒に心神耗弱を認めた判例につき、浅田「第39条 心神喪失及び心神耗弱」大塚仁=川端博編『新・判例コンメンタール刑法2』(三省堂、1996年)229頁以下、246頁以下、近時の判例につき、東京弁護士会期成会明るい刑事弁護研究会『責任能力を争う刑事弁護』(現代人文社、2013年)230頁以下参照。
3. 心神喪失の場合も弁識能力・制御能力が「全くない」わけではない。「著しく」の要件につき、浅田『刑事責任能力の研究 下巻』(成文堂、1999年)284頁以下、同「判批」速報判例解説20号(2017年)201頁参照。
4. 浅田・前掲書注(3)251頁参照。
5. 自招性につき、中谷陽二「薬物依存者の責任能力――渇望と制御――」同編『精神障害者の責任能力 法と精神医学の対話』(金剛出版、1993年)159頁以下、162頁以下、原因において自由な行為につき、浅田・前掲書注(3)133頁以下、141頁、薬物依存につき、小森榮『ドラッグ社会への挑戦 身近に起こる薬物乱用との闘い』(丸善ライブラリー、1999年)など参照。
6. 丸山泰弘『刑事司法における薬物依存治療プログラムの意義―「回復」をめぐる権利と義務』(日本評論社、2015年)1頁以下参照。
7. 浅田『刑法総論』(第2版、成文堂、2019年)518頁参照。2016年10月に日弁連人権擁護大会で採択された宣言では「2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきである」とされていた。
8. たとえば、大阪高判令2・1・27LEX/DB25570707は、近隣住民が工作員であるという妄想の下に2名を殺害した事件につき、心神耗弱を認め、第一審の死刑判決を破棄して無期懲役とした。
9. 本庄武「裁判員裁判と死刑の適用基準」『理論刑法学の探求9巻』(成文堂、2016年)85頁以下など参照。
10. 小池信太郎「判批」平成27年度重要判例解説180頁以下など参照。
11. 浅田・前掲書注(3)347頁、同・前掲書注(7)533頁参照。

浅田和茂(あさだ・かずしげ 大阪市立大学名誉教授)
1946年北海道生まれ。京都大学法学部・同大学院修士課程修了後、1971年から関西大学法学部、1980年から大阪市立大学法学部・同大学院、2008年から立命館大学法科大学院に勤務、2018年から立命館大学衣笠総合研究機構特別研究フェロー。日本刑法学会理事、法と精神医療学会理事・理事長、法と心理学会理事、大阪市立大学副学長を歴任。主要著書として、『刑事責任能力の研究 上巻下巻』(1983年、1999年、成文堂)、『科学捜査と刑事鑑定』(1994年、有斐閣)、『刑法総論 第2版』(2019年、成文堂)、『刑法各論』(2020年、成文堂)。