(第1回)波乗りこそ最強のしのぎ方

みんなのストレス波乗り術(竹田伸也)| 2020.09.23
ストレスをなくそうとするのではなく、しなやかに対処する。海に浮かぶ発泡スチロールの船のように、大波にあらがうのではなく、波に乗って飄々とやりすごす。“波乗り”こそ、ストレスとつきあう一番の方法です。“みんな”のこころを楽にするストレスの波乗り術を、臨床心理学を用いてやさしくお伝えします。

(毎月下旬更新予定)

“みんな”にちょっとイイ話

あーしんどい。

なんか心地よい。

あなたの普段の生活を言葉にしてつぶやくと、この2つのうちどちらがピッタリします?

「なんか心地よい」という人でしたら、うらやましい。日ごろからそう思えるような暮らし方のヒントを、ここで僕の代わりに伝授してほしいです。とはいえ、「なんか心地よい」という人に、朗報があります。その心地よさを、日常生活で保つ手助けをしてくれる話があります。

「あーしんどい」という人でしたら、ますますイイ話があります。そのしんどさを軽くする話があります。

「どっちでもないんですけど」って人にも、耳寄りな話があります。日々の暮らしのなかで、こころをふにゃぁっと楽にしちゃうヒントになる話があります。

そんな話をこれから1年間、お伝えしてみたいと思っているところです。でも、そんな「誰にでもイイ話」ができるのでしょうか。と、少し弱気になってきましたが、連載のお題のなかにある“みんな”と“ストレス”という言葉は、誰にも当てはまるわけでして、そのあたりを手がかりとして、特定の誰かが楽になるのではなく、みんなで一緒に楽になるためのヒントになりそうなことを、僕の専門領域の臨床心理学を用いながらお話ししようと思っています。

「僕」の自己紹介

さて、その「僕」の自己紹介を少しだけさせてください。

はじめまして。竹田伸也といいます。

僕はいま、鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学専攻というところで働いています。ちなみに、この所属名、とても長いので、講演なんかで最初に紹介されるとき、司会の方に必ずどこかで詰まられたり、言い間違えられたりします。なにせ、僕自身そうなってしまうくらいですから。なので、「『鳥取から来た竹田さんです』くらいの紹介で結構ですから」と司会の方にお願いすると、これがもう、みなさんスラスラと言ってくださります。

ここからも、世の中のことって、四角四面に取り組むよりも、無理せず向きあってみたほうが、ストレスにならず、案外うまくいくことがわかりますね。実は、そこが僕の研究テーマの1つでもあるのです。

そのテーマとは、「人々がストレスとうまくつきあいながら、健康で幸せに暮らしていくために、“無理せず”できることはなにか」ということ。

「ストレスとうまくつきあう」とか「健康で幸せに暮らす」といったことは、あちこちで耳にする言葉ですが、これを「“無理せず”するにはどうすればいいんだろう」ということが、僕の研究テーマの特長なのです。だって、僕自身、無理をするのが苦手ですから。なので、僕があなたにお伝えするこれからのお話は、「そんなの難しくてできるかい!」ということではなく、「これくらいなら自分にもできそう」なことだと思っておいてください。

コミュニティってなんだろう

僕が取り組んでいるもう1つの研究テーマは、「みんなで一緒に支えあって、誰もが住みやすいコミュニティをつくるにはどうすればよいか」ということです。

ここに、連載のお題にある“みんな”という言葉が出てきました。そして、“コミュニティ”という言葉も。このコミュニティという言葉は、日本語では「共同体」くらいの訳があてられます。どっちも硬い言葉ですね。でも、実は僕たちにとって身近なものでもあるんです。

あなたは、いまお仕事をしていますか? だとしたら、勤めている人にせよ、独立して働いている人にせよ、そこには会社や仲間といった集まりがあると思います。それがコミュニティです。あなたは、子どものころ学校に通っていましたよね。かつて学んだその学校も、コミュニティです。あなたが暮らしているところのご近所には、よく知っているかどうかは別として、いろんな人が住んでいます。その地域も、コミュニティです。家族と同居していたら、その家族もコミュニティといえます。

ここから見えてきた“コミュニティ”という言葉の意味。それは、「自分が属している、人々が集まっている空間」のことです。ということは、誰にでもコミュニティがあるわけですから、僕たちにとってとても身近な言葉なのです。

今回の連載では、あなた個人のことはもちろんですが、あなたの周りの人も交えて、みんなが一緒に楽になるような、そんな話をしてみたいと思っています。どうして“みんな”を入れたのか。それは、コミュニティのちからが、だんだんと弱まってきているように感じているからです。コミュニティのちからが弱まると、僕たちは生きづらくなってしまいます。

「効率」「生産性」「自己責任」と生きづらさ

近ごろ、効率や生産性、自己責任といった言葉が幅を利かせるようになってきたと思いませんか? 「効率よく結果を出せ!」「生産性のある暮らし方をしましょう」「そんなことになったのは、あなたの自己責任だよ」などなど、日々暮らしていると、これらの言葉がいろんなところで顔を出してくる。

想像してみてください。あなたがいましていることを、効率よく進めなければならない。あなたのしていることは、生産性をもたらさなければならない。あなたがどのような事態に陥っても、それはあなたの自己責任ですから。

そんなふうに言われて、こころはノビノビするでしょうか。僕はしません。というか、その3つをものさしとして活動を評価しようとしたら、窮屈極まりない。もちろん、効率や生産性を重視しなければならないときもありますし、自己責任って言葉で理解したほうがよいこともあります。

でも、僕たちの営みのあらゆることを、効率や生産性や自己責任というものさしで測ろうとしたら、どうなるでしょう。ゆっくりと息をつく暇もなくなってしまいます。僕たちは、誰もが不完全さや弱さを当たり前のように抱えた存在なのに、そうした不完全さや弱さを表に出すことが難しくなります。

なにより、「それが自分にとって損か得か」という基準で、自分の体験を測ろうとするようになるでしょう。そうなったら、「あの人はしんどそうだから、ちょっと手助けしてあげよう」とか、「耳寄りな情報を聞いたから、みんなにも教えてあげよう」といった気持ちをもちにくくなるのではないでしょうか。少なくとも、僕は弱い人間なので、「絶対にそうならない」とは言い切れません。

つまり、効率や生産性や自己責任という言葉が幅を利かせることで、僕たちは自分の利益をなんとか守ろうと精一杯になってしまうのです。そうなると、コミュニティのちからが弱まってしまうのが、容易に想像できますね。そして、それが生きづらさをもたらすことも、なんとなくおわかりいただけるのではないでしょうか。

コロナで見えた人間の弱さ

挙句の果てに、このコロナ禍です。そうでなくてもストレスの多い時代だったのが、新型コロナウイルスの拡がりによって、さらにストレスフルな状況になってしまいました。

コロナ禍によって、いろいろとつらいことが起こっていますね。感染した人は、さまざまな身体症状に苦しめられたことと思います。本当に悲しいことですが、このウイルスによってお亡くなりになった方も少なくありません。

ですが、コロナ禍は体だけに苦痛をもたらすものではありませんでした。

  • 感染者の個人情報を特定して、ネットにさらす。
  • 感染した人が、さまざまな差別や偏見で責め立てられる。
  • マスクが欠品した状態が続き、客が店員を激しく罵倒する。
  • 周りから後ろ指をさされたくないので、家でおとなしくしている。
  • 自粛しない人や店を、ネットで乱暴に批判したり、実際に嫌がらせしたりする。

こんなことがあちらこちらで起こっていました。みなさんも、きっとニュースで一度は聞いたことがあると思います。

そういえば、医療機関に勤めているというだけで、住んでいたアパートから追い出されてしまったという、にわかには信じがたい出来事もあったといいます。

ここには、よくわからない感染症に対する不安や恐怖を背景とした、僕たち人間の抱える弱さが表れています。そして、コロナ禍で起こっているこのような出来事のなかに、どんな時代であっても、たとえコロナ禍が終わったあとであっても、僕たちが生きづらくなる要素がたっぷり潜んでいるのです。

  • 「あいつは自粛に応じない悪いやつだ」のようなレッテルはり。
  • 人目を気にして、とことん萎縮する行動。
  • 自分の言い分を押し通そうとする攻撃的な言い回し。
  • 支えあいではなく、傷つけあいのようになってしまう周囲との関係。

書いているだけで、気うつになってきそうないまの時代に求められること。それはきっと、「みんなで一緒に楽になる」ということなんじゃないでしょうか。だから僕は、編集者のKさんから連載の依頼をいただいたとき、「これをテーマにしよう」と思ったのです。なんて偉そうなことを言いながら、実はKさんからも同じような考えをお聴きしていたのです。

「ストレス波乗り術」とは?

連載のタイトルは、「みんなのストレス波乗り術」としました。なぜならば、“波乗り”こそ、ストレスの最強のしのぎ方となるからです。そのワケを、タケルさんのケースを通してお話しします。

タケルさんは、何度もうつ病の再発を繰り返し、長い休職のあとに離職せざるを得なくなりました。主治医から紹介されて僕のところにやってきたタケルさんは、「うつになって沈んでしまった状態から、浮き上がることができない。だから、二度とうつにならないようにしたい」と訴えました。

十分にお話をうかがった後、僕はこう伝えました。

「仮に、うつにならない状態を維持できたとしたら、次はきっとこんな心配が生まれるでしょう。『この状態がいつまで続いてくれるだろう。またうつになったらどうしよう』と」

そして、次のように提案してみました。

「うつになってしまうことは、人間ですからこの先もきっとあるでしょう。でも、うつになったとしても、落ち込んだあとに自分のペースで元に戻ることができる。そうやって、うつの波乗りが上手になったら、うつはつらいけど、怖くはなくなります」

タケルさんは、僕とのカウンセリングを通して、うつの波乗りのためのちからを徐々につけていきました。落ち込むようなことがあっても、自分のペースで元に戻るしなやかさを身につけ、いまでは仕事と趣味を楽しむ毎日を送っています。

波乗りが最強のしのぎ方だというのが、おわかりいただけましたか。イメージとしては、発泡スチロールで作った船を海に浮かべている感じです。どんな大波がきても、その波に乗っている船は、揺れることはあっても沈むことはありません。そんなふうに、どんなストレスがやってきても、それに真っ向からあらがうのではなく、飄々と波に乗ってやりすごすのです。ストレスをなくすことは、誰にとっても難しい話です。けれども、ストレスの波乗りのちからを育てておくと、ストレスはしんどくても、怖くはなくなる。

僕が、次回からみなさんにお話ししたいこと。それは、「ストレスの波乗り術を無理せず身につけて、みんなで一緒に楽になっていきましょう」ということです。

それでは、第1回目のお話は無理せずここでおしまいとしておきましょう。


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竹田伸也(たけだ・しんや)
鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学専攻准教授。専門は、臨床心理学、認知行動療法。「生きづらさを抱えた人が生まれてきてよかったと思える社会の実現」をコンパスとして、その方向にそって自分にできることを進めている。最近は、自分のもつ弱さをかわいく思える技の開発に励んでいる。著書に、『マイナス思考と上手につきあう認知療法トレーニング・ブック』(遠見書房)、『対人援助職に効くストレスマネジメント』(中央法規出版)など。