精神科医だって悩んでるぞ(対談:阿部大樹・星野概念)

きになる本から| 2020.06.29

H・S・サリヴァン 著 阿部大樹/須貝秀平 訳『精神病理学私記』(2019年10月刊行)の出版記念イベントの模様をお届けします(2019年11月29日19時より神田司町TETOKAにて開催)。


翻訳者で精神科医の阿部大樹と、
ミュージシャンで精神科医の星野概念が熱く語る会
移民の子、アルコール中毒、同性愛者として
自分自身を匿名の症例にとって精神医学の教科書を書き上げた
戦前アメリカの精神医学者ハリー・スタック・サリヴァン。
その著作が、90年の時を経て本邦初訳となりました。
そのサリヴァン『私記』を横目に、現代日本の2人の男が、
「医者だって悩み悩まれながら生きてるんだぞ」を語る。

 

阿部大樹〈あべ だいじゅ〉
1990年、新潟県に生まれる。新潟大学医学部を卒業。都立松沢病院、川崎市立多摩病院等に勤務。「サンフランシスコ・オラクル」誌の日本語版翻訳・発行を行う。他に訳書としてルース・ベネディクト著『レイシズム』(講談社学術文庫、2020年)がある。


星野概念〈ほしのがいねん〉
病院勤務の精神科医。執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』(2018年2月)、『自由というサプリ』(2020年4月)がある。

はじめに

阿部 みなさんお越しいただきありがとうございます。今日はサリヴァン著『精神病理学私記』の刊行記念イベントということで、星野概念さんを呼んで『精神科医にもいろいろあるぞ』を語る、という会です。

最初にこの本の説明をすると、書かれたのは1930年代、禁酒法時代のシカゴです。そこにハリー・スタック・サリヴァンという精神科医がいて、自分自身が統合失調症を患っていて、そして移民の子、同性愛者である孤独を起点にして、精神医学の教科書を書きました。それがこの『精神病理学私記 Personal Psychopathology』です。ここに描かれる匿名の症例は、多くがサリヴァン本人の経験と言われています。だから教科書なんだけれども、限りなく自伝に近い、そういう不思議な本です。

今日はこの本の出版に乗じて、僕たち2人の精神科医の鬱屈してるところとか、ヘンなところを腹を割って話してみましょう、という企画です。

「どうして精神科医になったか?」

阿部 さて、ところで概念さんはどうして精神科医になったんですか?

概念 僕はもともと学生のときから音楽やってて。バンド組んで、ライブハウス出て、CDも出して。
医学生のころからもう、自分が「間違いなく売れる」って思ってたんですよ。

阿部 間違いなく(笑)

概念 うん。別に国家試験うけてもいいけど、「でも売れちゃうから意味ないな」って、本気で思ってた。ホント、今からみるとアホみたいな話ですけど。ただ、池谷裕二さんの『進化しすぎた脳』とか『海馬』とかを読んでて面白かったから、せっかくやるんだったら精神科かなって思ってて。

それで、卒業してしばらくは医者やらないで音楽ばかりやってたんだけど、絶対売れるはずなのに全然売れないなーって…(笑)

そこである種の挫折があって、そのあたりから、人間とやり取りすることの面白さにまた惹かれたってところかな。阿部さんはどうして、精神科医になろうって思ったの?

阿部 僕は、ひとが意思決定するプロセスに興味があったんですよね。「どうして、梨ではなく林檎を好きになるのか?」とか、そういうことに。

僕は、新潟のすごい辺鄙な田舎の出身で、父親がフランス人だったもんだからすごく目立ったんですよね。
それで、見た目からしても同級生とは違ったから、ちょっと周りと違うと「これは遺伝のせい? それとも僕の個性なの?」みたいなことを思ってた。漠然と。そのあたりから、人間がどうやって自分の行動をコントロールするのかに興味があったかな。めんどくさい子供ですね、いま思うと(笑)

ただ、こういう理屈付けって、精神科医になったからできるようになったんだと思う。

精神科医って、患者さんの一生分の生活史を、A4一枚にまとめる訓練を繰り返しさせられるでしょう?

概念 そう、僕も最近は、自分の進路がもっと小さいころの経験に影響されてるような気がしてきてて。

僕は、いわゆる中流の家庭に育って、表向きはそんなに問題ないんですけど、今思うと父親があまりにも自分と違う人で、僕からすると…なんか言いにくいんだけど、テレビみながらけっこう差別的なことを言ったりとか、食卓とかで簡単に言うような人だった。僕は、なんでそんなこと言うんだろうって嫌ってるところがあって。

それを何とか理解したいって気持ちが、自分が音楽で挫折する中で芽生えてきたのかな、とか。

阿部 そうね、親の存在ってやっぱり、どこか頭の中にいつも響いているようなところはありますよね。重い精神病のときには、どことなくそれと結びついた症状がでてきますね、たとえば幻聴の声の主としてとか。

精神病の症状って、自分の中で引っかかってるものが、圧縮されたり変換されたりして表面化してくるようなところがあるから…

初恋について

阿部 人生の契機になるような対人関係って、親子関係の他には、初恋が典型的だと思うけど、概念さんは初恋がその後の対人関係に投影されることはありました?

概念 僕は…小学生の時の初恋のひとに、ずっと「星野は2番だからね」って言われてたんですよ。

阿部 すごい子ですね(笑)

概念 それからその子とは別の学校に行って、しばらくして全然別の子と初めてのお付き合いをしたんだけど、そこから3回つづけて二股かけられて別れるってのを繰り返したんですよね。

阿部 3回も?初恋の時に2番って言われたから…?

概念 そうそう。「また2番か」って。いつも付き合い始めて3か月くらいしたころに。

それで今でも、女性とお付き合いするようになると、不安になっちゃうんですよ。また捨てられるんじゃないかって。

阿部 ちょっと近い話で、自分のところに通ってきてた患者さんがセカンドオピニオン受けたいんですけどって言われたとき、もちろんそれは患者さんの権利だからすぐ紹介状書いて「いってらっしゃい」って送り出すけど、若干の寂しさとか、ありませんか?

概念 僕の場合は、やだなっていうより、心地いいところに通ってもらうのが一番かなって。そうじゃなかったらまた戻って来てください、みたいな。中2から二股かけられてたから、そういうマインドなんだと思う。オレだけじゃないよね、みたいな(笑)

阿部 僕も思い当たるところないではないけど…
フロイト先生だったら「反復強迫ですね」なんて言われちゃうのかなぁ。

メイキング・オブ・精神科医

概念 精神科医としての強い影響うけたとか、診察するときのよりどころにしてるものって、ありますか?

阿部 やっぱり僕は、松沢病院で研修医をやっていたときの経験ですかね。

ちょっと一般の人にはイメージしにくいかもしれないけど、松沢病院ってのは、いってみれば精神医学界の電通みたいなところです。「総本山」でもあるし、どこよりもハードワークしてて、東京のど真ん中にあって、立派な医者もたくさん出身者にいるけど、黒いウワサ絶えない、みたいな。

医者も変わった人ばかりでしたね。病院の中で焼畑農業やってる人とか。もうぜんぜん理解不能だったけど、でも精神科医としては抜群に優秀だった。そういう中でとにかく叩きあげられたって感じですね。

概念 でも松沢病院を卒業してからは総合病院に一人で勤めてるわけでしょ?
一人ぼっちで精神科医やるのってキツくない?

阿部 松沢病院は精神科医のための病院って言うか、明治時代からある病院で、精神科医だけで100人くらいいて、しっかりした教育のシステムもあって、図書室行くとユングの初版本が置いてあるとかそういうところなんだけど、そういうところから出て、急に一人前の精神科医として扱われるっていうのは、かなり大変でした。

総合病院の精神科医って、一緒に働いてる看護部長が具合悪くしたとか、あとは小児科の虐待疑いの家族をどうしていくかとか、そういう教科書には書いてないようなことにも対応しなくちゃいけないから…

概念 精神科医って、そんなに特別な人格者ってわけでもないんだけど、そうならざるを得ないときがありますね。人間の「精神」について客観的に正常とか異常を判断できるスーパーマンみたいな存在になるっていうか。

阿部 日々精進するしかないですね…(苦笑)
僕にとっては『私記』の翻訳でバランスを取ってる部分があったし、概念さんはたとえば鹿児島まで「しょうぶ学園」(知的障がいや精神障がいの方が集まり、暮らしている複合型の福祉施設。クラフトやアート作品、音楽活動は国内外で高く評価されている)の見学に行ったり、神田橋先生(稀代の精神療法家として知られる精神科医。臨床における緻密な観察眼と精巧な論理的思考から着想された技術の数々を、コツ三部作をはじめとした著書でも伝えている)の診察に陪席する(診察やカウンセリングなどの場に立ち会うこと)ことでバランスを取ってるのかなぁって、横から見てて思ってました。

概念 そうかもしれないですね。

阿部&概念 じゃあ今日はこんなところで。皆さん、お越しいただきありがとうございました!


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H・S・サリヴァン 著 阿部大樹/須貝秀平 訳『精神病理学私記』

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