(第1回)ハリケーン・カトリーナ(高橋祥友)/『災害支援者支援』から

きになる本から| 2018.12.10
近年注目されるようになった災害時における支援者のメンタルヘルス。復興のキーパーソンである災害支援者をどう支えていくかをテーマとした、高橋晶編著『災害支援者支援』にコラムとして掲載されたものである。災害支援者とは、警察官、消防士、救急救命士、自衛官、海上保安庁職員、医療職、行政職、教職員、ボランティアなどが含まれる。

ハリケーン・カトリーナは2005年8月末に米国南東部を襲い、ルイジアナ州を中心に大規模な被害をもたらした。当初の死者数は約50名だった。しかし、ニューオリンズは水面下にある土地であり、数日後に堤防が決壊し、ルイジアナ州の死者数は約1500名に上った。適切な避難勧告もなく、避難手段もない人々が犠牲になった。ハリケーンという自然災害に、人的災害が加わった、いわば典型的な複合災害である。

われわれは2014年3月にニューオリンズを訪れて、被災者や支援者から話を聞いた。ある50代半ばの女性の話が印象深かった。ハリケーンが接近する中、彼女はニューオリンズに留まることにした。全人口の4分の1が彼女と同じような決断をしたという。高齢者や身体に障害のある人の多くが取り残されたのだが、いわゆる「災害弱者」のための避難計画は立てられていなかった。

「ハリケーンという一つのストレスだけでなく、大規模災害が起きると、複数のストレスが次々に襲ってきた」というこの女性の指摘は印象深かった。ハリケーンの被害にあった会社が倒産し、彼女は職を失った。その結果、経済的な問題が生じ、家族や親戚との関係にもヒビが入った。その後、子宮がんの診断が下され、手術を受けたばかりか、次は、双極性障害を発病して、精神科治療を受けるようにもなった。わずかに半年のうちにこれだけのことが一挙に襲ってきたという。

まるで坂を転がる雪玉のように、一つのストレスがいくつも積み重なり、大きくなっていった。これこそが大規模災害の実相であると語ってくれたのだ。

この女性がもう一つ語ったエピソードがある。ハリケーン襲来の数日後に、ようやく正式な避難命令が出たのだが、その際に、武装した陸軍の兵士が治安出動した。これは米国市民であるこの女性自身にも大変な驚きだった。法律上は、米国内の治安に当たるのは州兵であって、軍ではない。そこへ、いかに大規模災害時の治安維持とはいえ、武装した陸軍の兵士が派遣されたというのは、いかにも米国らしい話だと、私も驚いた。災害派遣の際に、自衛隊員が銃を持つ姿など、私には想像もできない。


高橋祥友(たかはし・よしとも)
筑波大学医学医療系災害・地域精神医学教授


◆このコラムが掲載されている書籍はこちらです。
高橋 晶 編著『災害支援者支援』(日本評論社、2018年)

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