日本学術会議と政府の科学技術行政-会員任命拒否問題の政治的文脈(広渡清吾)

特別寄稿/日本学術会議の会員任命拒否問題をめぐって| 2021.09.02

読んでいただくみなさまに

本稿は、2020年10月に菅首相によって行われた日本学術会員任命拒否問題について、その政治的な文脈、つまり背景と動機を考察するものです。考察の対象を学術会議と政府の科学技術行政の関係として設定し、学術会議の創設以来の歴史に視野を広げ、とくに、現在の日本の科学技術行政の基本枠組みとなっている「科学技術基本法体制」(1995年制定、2020年改正の科学技術基本法に基づく)の形成と展開を分析しています。

筆者は、任命拒否問題の勃発以来、少なからぬ論稿を発表してきました。「科学と政治-日本学術会議の会員任命拒否問題をめぐって」(『Web日本評論』、10月)、「科学と政治の関係-日本学術会議の会員任命拒否問題とは何か」(『法律時報』2020年12月号)、「日本学術会議と科学者の社会的責任」『科学』2021年1月号)、「科学者コミュニティーと科学的助言-日本学術会議をめぐって」(『世界』2021年2月号)、「日本学術会議問題と科学技術政策-会員任命拒否の政治的文脈」(『季刊教育法』2021年夏号(No.209))、および「科学者コミュニティーと科学者の社会的責任-日本学術会議の制度・理念・活動」『学術の動向』2021年8月号)などです。これらでは、基本的に学術会議の存在と活動を擁護する立場から、制度論的、規範論的に論じています。

本稿は、その基礎づけのために、実証的な考察を進めました。長さを気にせずに書きましたので、6万字をこえ、かなり冗長になっているかもしれません。狙いは、会員任命拒否というドラスティックな措置が学術会議を「改革」に導く手段ではないか、だとすれば、何が目指されているのか、政府の科学技術政策・行政の方向性のなかで学術会議「改革」として何が期待されているのかを明らかにすることです。そこで、科学技術政策のもっとも重要な現場である大学、とくに国立大学法人の「改革」問題をあわせて考察し、政府が成長戦略として科学技術を総動員するという「全体への支配管理」要求に動かされていることを分析しました。

本稿の目次は下記の通りですが、各項目の表題をみてもお分かりのように、各項目はそれなりに独自にお読みいただけると考えています。たとえば「6.自民党の日本学術会議「法人化」構想」は、これだけで構想の全容と問題点を知ることができます。学術会議の動きについては、詳しく記述していません。ポイントは、学術会議が現行の学術会議法堅持の立場を政府に対して貫くことであり、改革は学術会議の自主性に委ねればよいと考えているからです。また、会員任命拒否問題については、2021年4月に任命拒否された6名の会員候補者が内閣官房と内閣府に対して1000名を超える法律家の支援をうけて行政情報開示請求および自己情報開示請求を行い、開示の結果に対して審査手続きを進める取組みが展開しています。

日本学術会議の会員候補者任命拒否にはじまったこの問題は、日本の科学技術政策・行政のあり方を問い、また、学術研究と政治の関係(学術研究の自由と科学技術の政治的手段化)という社会の基幹に係り、それゆえ日本社会の民主主義にとって揺るがせにできない問題であると考えます。本稿は、その議論の素材として役立つことを願っています。

以下の目次の通りに、全体を読んでいただきたく思いますが、各項目を選択して読んでいただくことが可能です。

目次

※PDFのしおり機能も参照ください
1.分析の課題と論点 【P.1】
2.日本学術会議と科学技術行政の関係史 【P.4】
(1)戦後改革の一環としての日本学術会議の創設(1948年)
(2)「科学行政の民主化」に対する政府機能の強化
(3)科学技術基本法制定をめぐる政府と日本学術会議の対立
(4)科学技術基本法の成立(1995年)と「科学技術」批判
(5)科学技術基本法改正の勧告(2010年)
3.科学技術基本法2020年改正とその射程 【P.16】
4.第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021年)について 【P.20】
5.政府の科学技術政策の「全体への要求」
-「任命拒否」問題と国立大学法人改革との関連-【P.24】
6.自民党の日本学術会議「法人化」構想 【P.31】
7.日本学術会議のナショナルアカデミー論と自主改革【 P.38】
8.結語 【P.40】
註と文献 【P.40】

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日本学術会議と政府の科学技術行政(広渡清吾)


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広渡清吾(ひろわたり・せいご/東京大学名誉教授、日本学術会議元会長)